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「花より団子」に込められた思い 北村孝一【著】

専門家コラム
この記事を書いた人
北村孝一(きたむら よしかつ)先生
北村孝一ことわざ研究者(ことわざ学会代表理事)。エッセイスト。学習院大学非常勤講師として「ことわざの世界」を講義した(2005年から断続的に2017年3月まで)。用例や社会的背景を重視し、日本のことわざを実証的に研究する。

 

「花より団子」に込められた思い

花より団子花より団子

毎年春になると、桜がいつ咲くか話題となり、天気予報では「桜前線」ということばも使われます。

南北に長い日本列島では地域によって桜の開花が1カ月以上ずれ、期日は異なりますが、各地で花見が盛んに行なわれます。

花見は、学校や職場、ご近所などの気の合う人たちと桜が見頃の場所をおとずれ、いっしょに食べたり、飲んだり、歌ったりして楽しむもので、春の国民的行事といってよいでしょう。

そんなときによく耳にし口にするのが「花より団子」です。

いろはかるたの文句にもあり、子どもでも知っているものですが、あらためて見直すと、日本のことわざの特徴がよくあらわれていて、じっくり味わってみたい表現です。

まず、表現がごく短いこと--「ハナヨリダンゴ」と、わずか7音です。

ことわざは短いのが特徴のひとつですが、ことわざのなかでも「糠に釘」の5音や「猫に小判」、「寝耳に水」の6音などに次いで、かなり短いものです。

しかも、短いけれど、聞いたときに具体的で鮮明なイメージ(映像)が浮かんできますね。「花」はお花見の花、つまり桜の花です。

私たちは梅や菊など、季節の旬(しゅん)の花を見に行くこともありますが、ふつうは「花見」といわず、「梅見」や「菊見」などといいます。「団子」は、やはり花見の団子で、串(くし)にさした団子を思い浮かべるでしょう。

「花」と「団子」のイメージは、具体的なものの映像だけでなく、シンボル(象徴)としても重要な役割をはたし、比喩(たとえ)としての意味を大きくひろげてくれます。

桜の「花」は、比喩として美しいものや趣(おもむき)のある風流(ふうりゅう)なもの、「団子」は食べて満足できるものをそれぞれ意味します。

そして、さらにこの二つの対照的なものは、比喩の意味をひろげ、見た目や品位に対する実質や実利、ということにもなるのです。

ことわざは、文を最後まではっきり示していません(これも日本のことわざによくみられる特徴のひとつです)が、わかりやすくいうと、「花」より「団子」〔がよい〕ということです。

美や風流よりお腹を満たすものがよい、見かけや品位より実質・実利がよいということにもなります。

ただし、このことわざにこめられた思いはかなり複雑で、こうした意味を全面的によしとして使うとはかぎりません。使いようによってニュアンス(意味あい)が大きく変わり、むしろ逆に好ましくないものとして使うことがあるので、注意が必要です。

たとえば、他人を「あいつは花より団子だ」と言った場合、風流のわからない不粋(ぶすい)な者という皮肉をこめることも少なくないのです。

このことわざが使われはじめたころの古い用例をみてみましょう。

室町時代の終わりころ(1569年)、京都近辺の国々を制圧した織田信長は、将軍足利義昭の二条御所を堅固な石垣づくりにし、自ら音頭をとってお祭り気分で笛や太鼓、鼓ではやしたてながら大人数で藤戸石(ふじといし)という大きな名石を運びこみました。

そのころの落書(らくしょ。だれが書いたわからないもの)の狂歌(風刺する和歌)がつたえられています(「寒川入道筆記」による)。

花よりも団子の京となりにけり今日もいしいし明日もいしいし
(花よりも団子の京となってしまったことよ、今日もいしいし明日もいしいしだ)

 

「いしいし」は、女房詞(にょうぼうことば。宮中の女性たちのことば)で団子をさし、「石々」とかけています。風流のわからない者(信長)が支配し、連日石を運ぶために騒々しくなった京都を嘆かわしく感じたものといってよいでしょう。

もちろん、ことわざは肯定的に使ってもよく、幼い子どもが無邪気に花より団子がいいという場合もあれば、大人が風流だけでは食べていけないという本音で口にすることもあります。

ただ、花見に「花」と「団子」がともに必要なように、多くの人にとっては、生きていくために実利が欠かせませんが、同時に美しいものに心ひかれるのも真実で、どちらか一方だけではない複雑な思いがあるといってよいでしょう。

俳人の一茶は、その微妙な思いを次のように詠(よ)んでいました。 「有りやうは我も花より団子かな」

※「有りやう」(ありよう)は、本当のところは、実のところはといった意味です。

©2024   Yoshikatsu KITAMURA

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北村孝一(きたむら よしかつ)先生

多くのことわざ資料集を監修し、『故事俗信ことわざ大辞典』第2版(小学館、2012)を編纂・監修した。後者を精選しエッセイを加え、読みやすくした『ことわざを知る辞典』(小学館、2018)も編んでいる。視野を世界にひろげ、西洋から入ってきた日本語のことわざの研究や、世界のことわざを比較研究した著書や論考も少なくない。近年は、研究を続けるほか、〈ミニマムで学ぶことわざ〉シリーズ(クレス出版)の監修や、子ども向けの本の執筆にも取り組んでいる。

主な編著書
『故事俗信ことわざ大辞典』第2版(小学館)、『ことわざを知る辞典』(小学館)、『世界のふしぎなことわざ図鑑』(KADOKAWA)、『ミニマムで学ぶ 英語のことわざ』(クレス出版)、『ことわざの謎 歴史に埋もれたルーツ』(光文社)、『世界ことわざ辞典』(東京堂出版)、『英語常用ことわざ辞典』(武田勝昭氏との共著、東京堂出版)など。
北村孝一公式ホームページ
ことわざ酒房(http://www.246.ne.jp/~kotowaza/