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「隣の芝生」と映像文化 北村孝一【著】

専門家コラム
この記事を書いた人
北村孝一(きたむら よしかつ)先生
北村孝一ことわざ研究者(ことわざ学会代表理事)。エッセイスト。学習院大学非常勤講師として「ことわざの世界」を講義した(2005年から断続的に2017年3月まで)。用例や社会的背景を重視し、日本のことわざを実証的に研究する。

 

「隣の芝生」と映像文化

人間は個性があって一人一人ちがうけれど、おたがいにかかわりあっていて、他の人を気づかいながら暮らしています。隣(となり)近所の人や友人、親類とは仲よく付き合い、協力しあうのが基本ですが、時には隣人(りんじん)のものが何でもわが家のものよりよく見えて、うらやましくなることがあります。

「隣の芝生(しばふ)」は、そうした心理をたくみに指摘することわざです。隣の家の芝生は、いつもわが家の芝生より青々として見えるということで、「隣の芝生は青い」「隣の芝生は青く見える」とも言います。「芝生」が青いというのはたとえで、芝生とかぎらず隣の家のもの(あるいは家庭)がよく見え、幸せそうで、うらやましいということです。

このことわざは、それだけでなく、じつは隣の家だってさまざまな問題や悩みをかかえていて、あまり変わりはないことも暗に示しています。向こうの家から見れば、逆にこちらの家がうらやましいということにもなるわけです。「隣の芝生」というごく短いことばで、これほどの内容を込められるのですから、ことわざの表現力にはあらためて感心します。

もちろん、隣の家をむやみにうらやむ心理は古くからあり、これを自他ともに認めて笑う表現も各地にありました。たとえば、「うちの米の飯より隣の麦飯」、「うちの鯛より隣の鰯」、「隣のじんだみそ」(じんだみそは、糠みそのこと)、「隣の花は赤い」など。いずれも生活のなかから生れた素朴なたとえで、実感がこもっていますね。

「隣の芝生」が少し知られるようになったのは1960年代からで、ことわざとしては比較的新しいものといえます。元になったのは英語のことわざ、The grass is always greener on the other side of the fence. (芝生は垣根の向こう側がいつも青々している)です。この頃の日本経済は高度成長の波に乗りはじめ、サラリーマンの夢はマイホームを新築し、庭に芝生を植えることでした。ゴルフが大衆化し、庭でパターを練習する光景も見られるようになりました。少し背伸びをすれば、「隣の芝生」が身近に見える時代がやってきたのです。

このことわざがひろく知られるには、映画やテレビなどが大きな役割を果たしました。最初は英米合作映画《芝生は緑》(The grass is greener)で、1961年に日本で公開され、映画ファンの話題となりました。イギリス貴族の館(やかた)を訪れたアメリカの実業家に貴族夫人が心ひかれるストーリーで、ご主人はことわざを小声で口にしています。

「芝生は緑」という日本語のタイトルは、それだけではわかりにくいのですが、この大人の上質のコメディー映画をじっくり鑑賞した人は、夫人が夫と仲直りする結末を見てどういうたとえなのか、おおむね理解したことでしょう。

ことわざとしては「隣の芝生は(青く見える)」の形で徐々に使われようになり、いつもいい匂いをかいでいられて結構ですなあ」と言われるという調香師の男性は、よそ目にはそうかもしれないが、結局は “隣のムギ飯” “隣の芝生” で、当人にとってはそれほどありがたくもないと書いていました(堅田道久『香水のすすめ』1962年)。

そして映画の全盛期が終わり、多くの家庭にカラーテレビが普及した頃、橋田寿賀子作の連続ドラマ「となりの芝生」がNHKに登場し(1976年1月から)、現代の嫁姑の問題を
とりあげて好評を博します。続篇を含め「となり三部作」となり、さらに1989年、2009年にはTBSでリメイクされて、「隣の芝生」もことわざとしてしっかり定着することになりました。

橋田寿賀子の作品は「となり」とひらがなで表記され、広く親しまれましたが、リメイクから10数年の歳月が過ぎた今日では、かならずしも橋田のドラマを意識せずに日常生活でことわざとして使われるようになり、一般には「隣の芝生」と書くようになっています。
(2025/11/01)

©2025 Yoshikatsu KITAMURA

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北村孝一(きたむら よしかつ)先生

多くのことわざ資料集を監修し、『故事俗信ことわざ大辞典』第2版(小学館、2012)を編纂・監修した。後者を精選しエッセイを加え、読みやすくした『ことわざを知る辞典』(小学館、2018)も編んでいる。視野を世界にひろげ、西洋から入ってきた日本語のことわざの研究や、世界のことわざを比較研究した著書や論考も少なくない。近年は、研究を続けるほか、〈ミニマムで学ぶことわざ〉シリーズ(クレス出版)の監修や、子ども向けの本の執筆にも取り組んでいる。

主な編著書
『故事俗信ことわざ大辞典』第2版(小学館)、『ことわざを知る辞典』(小学館)、『世界のふしぎなことわざ図鑑』(KADOKAWA)、『ミニマムで学ぶ 英語のことわざ』(クレス出版)、『ことわざの謎 歴史に埋もれたルーツ』(光文社)、『世界ことわざ辞典』(東京堂出版)、『英語常用ことわざ辞典』(武田勝昭氏との共著、東京堂出版)など。
北村孝一公式ホームページ
ことわざ酒房(http://www.246.ne.jp/~kotowaza/





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