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“地震雷火事親父”のレトリック 北村孝一【著】

専門家コラム
この記事を書いた人
北村孝一(きたむら よしかつ)先生
北村孝一ことわざ研究者(ことわざ学会代表理事)。エッセイスト。学習院大学非常勤講師として「ことわざの世界」を講義した(2005年から断続的に2017年3月まで)。用例や社会的背景を重視し、日本のことわざを実証的に研究する。

 

“地震雷火事親父”のレトリック

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“地震雷火事親父”--ほとんどの人が知っている表現で、こわいもの、恐ろしくて抗(あらが)えないものを並べたてています。

「地震」の恐ろしさは、今年(2024年)の元日におきた能登半島地震でもあらためて思い知らされました。大地震がおきると、建物が倒壊して死傷者が出たり財産が失われるばかりでなく、鉄道や道路も寸断され、水道や電気・ガスにも被害がおよんで、日常生活ができなくなってしまいます。しかも、地震の後に津波が押し寄せたり、火事がおきると消火できなくなったりして、さらに被害が大きくなることもあります。

日本は国土が狭いのに、世界の大地震(マグニチュード6以上) の20%以上が日本でおきていて、昔から繰り返し大きな地震におそわれてきましたから、こわいものの筆頭に地震をあげるのは当然でしょう。

二番目は「雷」--これも、直撃されると命にかかわります。昔は、夕立の季節に稲光がして、ゴロゴロと雷が鳴ると、雷さまにへそをとられると言って、子どもを家のなかに入れ、へそを押さえさせたりしました。雷の正体が電気とわかり、避雷針やアースによって落雷による事故は少なくなりましたが、屋外では油断できません。登山やグラウンドでの部活では、雷について正しい知識と警戒が必要です。

三番目の「火事」は、地震や雷が天災(自然による災害)であるのに対し、人災(人によっておきる災害)の要素が大きくなります。落雷や火山の噴火によるものもありますが、大半は人間の不注意からおきるといってよいでしょう。

火は料理や暖房などに使われ、とても便利なものですが、火事になると、「盗人(ぬすびと)の取り残しはあれど、火の取り残しはない」というように、財産すべてを焼きつくし、自分の家だけでなく隣近所まで灰にしかねない恐ろしいものとなります。

最後の「親父(おやじ)」は、前の三つの災害とはちがって、意外性があります。自分の父親、あるいは仕事場の親方や名主など年令や地位が上の人をさして言うこともありました。こわいのもたしかですが、親しみもあって、ちょっと皮肉を込めた軽いユーモアでオチをつけたともいえます。

このことわざは、「地震雷火事親父」とただ怖いものを並べただけのようですが、声に出して読んでみると、とても口調がよく、自然に印象に残る表現です。なぜ、そうなるのか、レトリック(表現技法)について少し考えてみましょう。

「じしん」は3音、「かみなり」は4音で、合わせて7音。「かじ」は2音、「おやじ」は3音で、合わせて5音。これは七五調といって、古くから詩や歌によく使われた形式で、日本人の耳に心地よく響くものです。

しかも、このことわざは、「雷」と「火事」の語頭(単語のはじめの部分)の音(頭韻)がともに「か」で、同じです。「火事」と「親父」の最後の音(脚韻)もともに「じ」で、共通しています。つまり、「地震雷火事親父」という短い文句のなかで、音声の面で二カ所韻を踏み、内容もちょっとした意外性があるので、一度聞いただけでも耳に残るのではないでしょうか。。

このことわざは、古くは『尾張童遊集』(1831年)の「幼児口遊(くちずさみ)」に収録されていて、江戸後期には名古屋近辺の子どもたちがよく口ずさんでいたようです。

いまでは、全国どこでもよく知られていて、幼い子どもたちに世の中には怖いものがあることをさりげなく教える役割をはたしているといってよいでしょう。

©2024   Yoshikatsu KITAMURA

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北村孝一(きたむら よしかつ)先生

多くのことわざ資料集を監修し、『故事俗信ことわざ大辞典』第2版(小学館、2012)を編纂・監修した。後者を精選しエッセイを加え、読みやすくした『ことわざを知る辞典』(小学館、2018)も編んでいる。視野を世界にひろげ、西洋から入ってきた日本語のことわざの研究や、世界のことわざを比較研究した著書や論考も少なくない。近年は、研究を続けるほか、〈ミニマムで学ぶことわざ〉シリーズ(クレス出版)の監修や、子ども向けの本の執筆にも取り組んでいる。

主な編著書
『故事俗信ことわざ大辞典』第2版(小学館)、『ことわざを知る辞典』(小学館)、『世界のふしぎなことわざ図鑑』(KADOKAWA)、『ミニマムで学ぶ 英語のことわざ』(クレス出版)、『ことわざの謎 歴史に埋もれたルーツ』(光文社)、『世界ことわざ辞典』(東京堂出版)、『英語常用ことわざ辞典』(武田勝昭氏との共著、東京堂出版)など。
北村孝一公式ホームページ
ことわざ酒房(http://www.246.ne.jp/~kotowaza/





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