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『春秋公羊伝』(しゅんじゅうくようでん)は、古代中国の経書として知られる『春秋』の注釈書の一つで、春秋三伝の中の一つとして『春秋左氏伝』・『春秋穀梁伝』と並び称されます。
この書は孔子の高弟子、子夏の門人である公羊高が著し、孔子の思想を基に『春秋』の微言大義、つまり細かい言葉の中に秘められた大きな意味を明らかにしようとしています。
公羊伝の著者に関しての情報は班固の『漢書』には「公羊子」とのみ記載されており、具体的な名前は不明です。
しかし、後代の戴宏の伝えるところによれば、子夏が公羊高にこの学問を伝え、それが何代にもわたって伝えられ、前漢の景帝の時代に公羊寿がこの伝を竹簡にまとめて董仲舒に伝えたとされています。
ただし、この伝承の詳細な信憑性は不確かで、董仲舒と胡毋生が公羊伝を伝えたことは『史記』にも記載されており、これは確かとされています。
注釈の内容としては、『春秋』の各句を詳しく問答形式で解説しています。この中で孔子の理念や理想が多く含まれ、公羊学という学問や政治思想が形成されました。
公羊学は前漢の董仲舒によって形作られ、後漢の何休によってさらに進化しましたが、何休以後、左伝学が主流となり公羊学は衰退していきました。
しかし、清代に入ると、常州学派の影響で再び公羊学が重視されるようになり、特に清末の学問や政治思潮、特に康有為などの戊戌変法派の思想に大きな影響を与えました。