【ことわざ】
君子危うきに近寄らず
【読み方】
くんしあやうきにちかよらず
【意味】
君子は身を慎み、危険な物事には初めから近づかないということ。


【英語】
・Discretion is the better part of valor.(慎重は勇気の大半を占める)
【類義語】
・危ない事は怪我の内(あぶないことはけがのうち)
【対義語】
・虎穴に入らずんば虎子を得ず(こけつにいらずんばこじをえず)
「君子危うきに近寄らず」の語源・由来
「君子危うきに近寄らず」は、いかにも中国の古典から生まれたような響きをもつ言葉です。しかし、この形のまま書かれた一節は漢籍にはなく、中国の特定の故事から直接生まれた表現ではないと考えられています。儒学の古典について説く講義などを背景に、日本で自然に作られたという見方があります。
ただし、危険を避けるという考え方そのものは、中国の古典にも古くから書かれています。『孟子(もうし)』(戦国時代)の「尽心(じんしん)・上」には、「知命者、不立乎巖牆之下」とあります。日本では「命を知る者は巖牆(がんしょう)の下に立たず」と読み、天命をわきまえた人は、崩れそうな高い土塀の下に立ち、自ら避けられる危険へ身をさらすことはしない、という意味です。
この一節は、「君子危うきに近寄らず」と同じ文章ではありません。また、直接の出典とも断定できません。しかし、運命だからといって危険を放置せず、自分の判断で災いを避けるべきだという教えは、現在のことわざとよく通じています。
「君子」とは、もとは高い身分の人を表す言葉でしたが、儒学では、学問と徳を身につけた立派な人物を指します。このことわざでは、単に身分の高い人という意味ではなく、自分を律し、先を見通して行動できる賢明な人という意味で使われています。
日本における古い用例は、『魂胆惣勘定(こんたんそうかんじょう)』(1754年・江戸時代中期、石嶋政植校合)に出てきます。そこには、「古き書にも、君子はあやうきにのぞまずといへば」とあり、連れもなく夜道を歩くべきではないという戒めに用いられています。現在の「近寄らず」ではなく「のぞまず」という形ですが、危険な場所には初めから向かわないという意味は、今とほとんど変わりません。
この用例では「古き書にも」と述べていますが、その「古き書」が何を指すのかは明らかではありません。江戸時代にはすでに、中国の古典に由来する教えのような形で受け止められていたことがうかがえますが、実際には、特定の漢籍へそのまま結び付けることはできません。
その後、『笑註烈子(しょうちゅうれっし)』(1782年・江戸時代中期、笑止亭撰)には、「聖人は危にちかよらず」という、よく似た言い方が出てきます。かけがえのない命を失う危険は、薄い氷の上を歩くようなものだという場面で、自ら命を危険にさらさない態度を表しています。
ただし、『笑註烈子』の主語は「君子」ではなく「聖人」です。そのため、この作品だけを「君子危うきに近寄らず」の直接の出典とみなすことはできません。それでも、十八世紀後半には、「立派な人物は危険に近寄らない」という考えが、「近寄らず」の形でも言い表されていたことが分かります。
江戸時代末期には、河竹黙阿弥の歌舞伎『黒手組曲輪達引(くろてぐみくるわのたてひき)』(1858年・江戸時代後期)も、このことわざの用例として挙げられています。十八世紀の「のぞまず」という形と、同じころから用いられた「近寄らず」という形を経て、現在の言い回しが定着していったといえます。
現在では、命に関わるような実際の危険だけでなく、怪しい儲け話、争いごと、面倒な人間関係などを避ける場合にも用います。また、苦手なことや都合の悪いことから離れる際に、冗談めかした言い訳として使うこともあります。
このように、「君子危うきに近寄らず」は、中国古典の教えに通じる考え方をもちながら、日本で形を整えて広まったことわざです。賢い人は、危険に陥ってから慌てるのではなく、危険を見分け、初めから避けるという教えを伝えています。
「君子危うきに近寄らず」の使い方




「君子危うきに近寄らず」の例文
- 大雨で川が増水していたため、君子危うきに近寄らずと、土手へ見に行くのをやめた。
- 差出人の分からないメールには、君子危うきに近寄らずの考えで、返信も添付ファイルの確認もしなかった。
- 友人同士の激しい口論に巻き込まれそうになり、君子危うきに近寄らずとその場を離れた。
- あまりにも条件のよい投資話だったので、君子危うきに近寄らずと契約を断った。
- 崩れかけた古い建物には、君子危うきに近寄らずで、決して中へ入らないほうがよい。
- 取引先の争いに関われば問題が広がると考え、社長は君子危うきに近寄らずの態度を取った。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・佐竹秀雄・武田勝昭・伊藤高雄編、北村孝一監修『故事俗信ことわざ大辞典 第二版』小学館、2012年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・『孟子』戦国時代成立。
・石嶋政植校合『魂胆惣勘定』中村治兵衛、1754年。
・笑止亭撰『笑註烈子』河南儀兵衞、1782年。
・河竹黙阿弥『黒手組曲輪達引』1858年。























