ことわざ研究者(ことわざ学会代表理事)。エッセイスト。学習院大学非常勤講師として「ことわざの世界」を講義した(2005年から断続的に2017年3月まで)。用例や社会的背景を重視し、日本のことわざを実証的に研究する。
初夢と「一富士二鷹三茄子」
(一富士二鷹三茄子)
「一富士二鷹三茄子」は、毎年お正月になると「一年の計は元旦にあり」とともに、よく耳にする表現です。
初夢に見ると縁起がよいとされるものを順に並べていますが、ここでは、このことわざについて、その背後にあるものを含めて、研究者の視点から日頃考えていることを書いてみましょう。
私の幼い頃(1950年代)も、正月になると年上の人たちはいつも初夢を話題にし、このことわざも口にしていた記憶があります。
当時は、年齢を数え年(生まれたときに一歳とする)でいうのがふつうで、大晦日には「年取り」の食膳をかこみ、新年になると一つ年をとるとされていました。
新年を迎えるのはいまも変わりませんが、その意味は昔のほうが重いものがあったわけです。
多くの人が新たな年に期待をこめ、一年を占うものとして初夢にも大きな関心をよせていたといえるでしょう。
さらに江戸時代にさかのぼると、よい初夢を見ようと、七福神が乗った宝船などの刷り物を枕の下に入れて寝る習わしもありました。
「一富士二鷹三茄子」は、いつの頃から縁起のよい初夢とされるようになったのでしょうか。
17世後期には、初夢と「一富士二鷹」を結びつけた俳諧(俳句)があり、18世紀になると、実用的な字典で「一富士二鷹三茄子」の夢を最上とするものもありますから、17世紀末期から18世紀初期には、ひろく知られるようになったものと推定できます。
「富士」は日本一高い山で、その姿が優美で気高く感じられ、山岳信仰の霊山ともされてきました。「鷹」は眼光するどい猛禽で、狩猟能力にたけ、古くから鷹狩りに用いられています。
ことわざの世界でも「能ある鷹は爪かくす」や「鷹は飢えても穂はつまず」のように、俊敏で力強く、誇り高いものとされています。
この二つは、瑞夢(縁起のよい夢)にふさわしいものと多くの人が納得できるでしょう。
では、三番目の「茄子」はどうでしょうか? 最初の二つと違って、なぜ縁起がよいのか、ぴんとこないかもしれません。
茄子は花が咲くと、ほとんど徒花(あだばな)がなく実がなるので、「親の意見と茄子の花は千に一つも徒はない」ということわざがあります。
子や孫にめぐまれ、繁栄につながるものとみてよい、と私は考えています。
「一富士二鷹三茄子」がなぜ縁起がよいのか、その理由について考えてみましたが、江戸時代の人びとはどう思っていたのでしょうか。
これをたしかめるために、当時の夢合わせ(夢うらない。見た夢の意味を教えてくれるもの)の本を少し見てみましょう。
「新版絵入ゆめあはせ」(安永4年〔1775〕)では、次のように説明されています(浅間神社社務所編『富士の研究』一による。わかりやすく書きかえました)。
身分制度のきびしかった江戸時代と今日では少し感覚がちがうところもありますが、大筋では私たちが感じていることに通じる内容ですね。
念のため、『夢合延寿袋大成』(安永6年〔1777〕序)など、夢合わせについてさらにくわしく書かれた本も参照してみましたが、基本的なとらえ方は変わりません。
夢に見たことをどう解釈するかは、人によって違う面もありますが、「一富士二鷹三茄子」の場合は、いずれも縁起のよい夢としてとらえられています。
そして、思いがけない幸運がおとずれ、えらくなったり、見る目のある人にかわいがられて望みがかない、子宝にもめぐまれ、家族が健康で子どもとともに繁栄するというイメージが、一般に受け入れられていたとみてよいでしょう。
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多くのことわざ資料集を監修し、『故事俗信ことわざ大辞典』第2版(小学館、2012)を編纂・監修した。後者を精選しエッセイを加え、読みやすくした『ことわざを知る辞典』(小学館、2018)も編んでいる。視野を世界にひろげ、西洋から入ってきた日本語のことわざの研究や、世界のことわざを比較研究した著書や論考も少なくない。近年は、研究を続けるほか、〈ミニマムで学ぶことわざ〉シリーズ(クレス出版)の監修や、子ども向けの本の執筆にも取り組んでいる。
主な編著書
『故事俗信ことわざ大辞典』第2版(小学館)、『ことわざを知る辞典』(小学館)、『世界のふしぎなことわざ図鑑』(KADOKAWA)、『ミニマムで学ぶ 英語のことわざ』(クレス出版)、『ことわざの謎 歴史に埋もれたルーツ』(光文社)、『世界ことわざ辞典』(東京堂出版)、『英語常用ことわざ辞典』(武田勝昭氏との共著、東京堂出版)など。
北村孝一公式ホームページ
ことわざ酒房(http://www.246.ne.jp/~kotowaza/)