「一富士二鷹三茄子」は有名な言い回しですが、意味だけでなく「なぜこの順なのか」「続きは本当にあるのか」で迷う人が多い表現です。
結論から言うと、これは初夢に見ると縁起がよいものを順に並べた句で、語源には複数の説があります。
さらに、江戸時代の用例を見ると、最初から現在の形に固定されていたわけではありません。
この記事では、意味・由来・続き・使い方を、誤解しやすい点まで含めて整理します。
一富士二鷹三茄子の意味
基本の意味
「一富士二鷹三茄子(イチフジニタカサンナスビ)」は、夢に見ると縁起がよいものを、一番から三番まで挙げた表現です。
とくに初夢の文脈で使われることが多く、「おめでたい夢」の代表として知られています。
辞典でも、初夢と結びついた吉夢(よい前ぶれの夢)として説明されています。
初夢との関係
初夢は、時代や地域でとらえ方に差がありますが、辞典解説では「正月二日の夢」の説明がよく見られます。
そのため「一富士二鷹三茄子」も、正月行事の一部として語られることが多いです。
ここは細部を断定しすぎず、「新年最初のめでたい夢」という理解が実用的です。
語源由来|有力な説は一つではない
「一富士二鷹三茄子」の語源は、昔から諸説あります。
代表的には次の三つです。
- 駿河名物説
駿河ゆかりの名物を順に挙げたという見方。
- 駿河の“高いもの”説
富士山、愛鷹山(あしたかやま)、初茄子の値の高さを並べたという見方。
- 縁起語説
富士は高大、鷹はつかみ取る、茄子は「成す」に通じるとする見方。
どの説も一定の説明力がありますが、資料上は「これだけが正解」と言い切れません。
複数の説明が並び立つこと自体が、この表現の歴史をよく示しています。
江戸前期の用例から見えること
重要なのは、江戸前期の段階では、最初から「一富士二鷹三茄子」が完成形だったとは限らない点です。
「一富士二鷹」までの形や、「三」の中身が固まっていない例も確認されています。
そこへ、意外性のある「三茄子」が加わり、記憶に残る句として定着していった、という理解が自然です。
「一…二…三…」の型が生む印象
この句は、数を並べる型そのものが強い印象を作ります。
とくに「三」にひねりが入ると、覚えやすさが一気に上がります。
「一金二押し三男」など、同じ型を使う言い回しがあるのもこのためです。
意味だけでなく、言葉の形が記憶を助けていると考えると理解しやすくなります。
続きの「四扇五煙草六座頭」とは?
「四扇五煙草六座頭」という続きは、資料に見られる形ではありますが、すべての場面で固定的に使われるわけではありません。
江戸期の辞書資料にはこの続きが載る一方で、四以降に別語を置く異形も見えます。
つまり、「一〜三」に比べると、「四〜六」は揺れが大きい部分です。
四・五・六の意味はどう考える?
一般には、四の扇は末広がり(先が広がる形)でめでたい、五の煙草は煙が上へ上がる、六の座頭は「毛がない(けがない)」に通じる、などの説明が広く知られています。
ただし、これらは後世の語呂解釈を含むため、由来の一次情報(最初の資料)と同じ重みでは扱えません。
学習や会話では、「代表的な説明だが諸説ある」と添えると、誤解を避けやすくなります。
「一富士二鷹三茄子」の使い方と例文
使う場面
この表現は、正月の話題や夢の話、縁起を担ぐ場面で使います。
誰かを強く評価したり注意したりする言葉ではないので、会話では「おめでたい話題」をやわらかく出したいときに向いています。
また、「実際に見た夢」でなくても、「縁起のよい順番」の比喩として使うことがあります。
例文
- 初夢で富士山を見たので、家族から「一富士二鷹三茄子の一番だね」と言われました。
- 正月のあいさつで、「今年は一富士二鷹三茄子のような年にしたいですね」と話しました。
- 祖父は毎年、「一富士二鷹三茄子を見られるといいな」と言って宝船の絵を枕元に置いています。
- 新年のコラムで、縁起物の例として一富士二鷹三茄子を紹介しました。
使うときの注意点
- 「語源はこれだけ」と断定しないこと。諸説がある表現です。
- 「四〜六」を必須の続きだと思い込まないこと。異形や省略もあります。
- 正月の吉夢の文脈が基本なので、厳しい忠告の言葉としては使わないこと。
初夢と「一富士二鷹三茄子」


「一富士二鷹三茄子」は、毎年お正月になると「一年の計は元旦にあり」とともに、よく耳にする表現です。
初夢に見ると縁起がよいとされるものを順に並べていますが、ここでは、このことわざについて、その背後にあるものを含めて、研究者の視点から日頃考えていることを書いてみましょう。
私の幼い頃(1950年代)も、正月になると年上の人たちはいつも初夢を話題にし、このことわざも口にしていた記憶があります。
当時は、年齢を数え年(生まれたときに一歳とする)でいうのがふつうで、大晦日には「年取り」の食膳をかこみ、新年になると一つ年をとるとされていました。
新年を迎えるのはいまも変わりませんが、その意味は昔のほうが重いものがあったわけです。
多くの人が新たな年に期待をこめ、一年を占うものとして初夢にも大きな関心をよせていたといえるでしょう。
さらに江戸時代にさかのぼると、よい初夢を見ようと、七福神が乗った宝船などの刷り物を枕の下に入れて寝る習わしもありました。
「一富士二鷹三茄子」は、いつの頃から縁起のよい初夢とされるようになったのでしょうか。
17世後期には、初夢と「一富士二鷹」を結びつけた俳諧(俳句)があり、18世紀になると、実用的な字典で「一富士二鷹三茄子」の夢を最上とするものもありますから、17世紀末期から18世紀初期には、ひろく知られるようになったものと推定できます。
「富士」は日本一高い山で、その姿が優美で気高く感じられ、山岳信仰の霊山ともされてきました。
「鷹」は眼光するどい猛禽で、狩猟能力にたけ、古くから鷹狩りに用いられています。
ことわざの世界でも「能ある鷹は爪かくす」や「鷹は飢えても穂はつまず」のように、俊敏で力強く、誇り高いものとされています。
この二つは、瑞夢(縁起のよい夢)にふさわしいものと多くの人が納得できるでしょう。
では、三番目の「茄子」はどうでしょうか? 最初の二つと違って、なぜ縁起がよいのか、ぴんとこないかもしれません。
茄子は花が咲くと、ほとんど徒花(あだばな)がなく実がなるので、「親の意見と茄子の花は千に一つも徒はない」ということわざがあります。
子や孫にめぐまれ、繁栄につながるものとみてよい、と私は考えています。
「一富士二鷹三茄子」がなぜ縁起がよいのか、その理由について考えてみましたが、江戸時代の人びとはどう思っていたのでしょうか。
これをたしかめるために、当時の夢合わせ(夢うらない。見た夢の意味を教えてくれるもの)の本を少し見てみましょう。
「新版絵入ゆめあはせ」(安永4年〔1775〕)では、次のように説明されています(浅間神社社務所編『富士の研究』一による。わかりやすく書きかえました)。
身分制度のきびしかった江戸時代と今日では少し感覚がちがうところもありますが、大筋では私たちが感じていることに通じる内容ですね。
念のため、『夢合延寿袋大成』(安永6年〔1777〕序)など、夢合わせについてさらにくわしく書かれた本も参照してみましたが、基本的なとらえ方は変わりません。
夢に見たことをどう解釈するかは、人によって違う面もありますが、「一富士二鷹三茄子」の場合は、いずれも縁起のよい夢としてとらえられています。
そして、思いがけない幸運がおとずれ、えらくなったり、見る目のある人にかわいがられて望みがかない、子宝にもめぐまれ、家族が健康で子どもとともに繁栄するというイメージが、一般に受け入れられていたとみてよいでしょう。
©2024 Yoshikatsu KITAMURA
まとめ
「一富士二鷹三茄子」は、初夢に見ると縁起がよいものを順に並べた、よく知られた句です。
語源は駿河に関する説を中心に複数あり、江戸前期の用例では「三」が固定していない段階も見られます。
続きの「四扇五煙草六座頭」は資料上の形として存在しますが、語の並びには揺れもあります。
意味を覚えるだけでなく、「どこが確かで、どこが諸説か」を区別すると、説明の質が一段上がります。
参考文献・参考資料
- 『ことわざを知る辞典』(北村孝一編)
- コトバンク「一富士二鷹三茄子」
- 国立国会図書館レファレンス協同データベース「『一富士二鷹三茄子』の4番以降は何か」






















