【故事成語】
姦無きを以て吠えざるの狗を畜うべからず
【読み方】
かんなきをもってほえざるのいぬをかうべからず
【意味】
世の中が穏やかで悪事が起きていないときでも、いざというとき役に立たない人を大事な役目に置いてはならないというたとえ。


【英語】
・Do not appoint an incompetent person to an important post.(無能な人を重要な地位につけるな)
【類義語】
・尸位素餐(しいそさん)
・伴食宰相(ばんしょくさいしょう)
【対義語】
・適材適所(てきざいてきしょ)
「姦無きを以て吠えざるの狗を畜うべからず」の故事
この言葉は、中国北宋の政治家・文学者である蘇軾が、神宗皇帝にさし出した文章『上神宗皇帝書』に出てくる一節にもとづきます。蘇軾は唐宋八家の一人に数えられる人物で、神宗は北宋第六代の皇帝です。
『上神宗皇帝書』は、熙寧四年二月の日付をもつ上書です。蘇軾は、皇帝が灯を買う件について自分の意見を聞き入れたことを受け、さらに大きな政治上の問題を述べようとしました。
その文章の中で、蘇軾は「人心を結ぶこと」「風俗を厚くすること」「紀綱を保つこと」の三つを願いとして掲げています。ここでいう紀綱とは、国の秩序や政治の筋道を支える大切な仕組みのことです。
蘇軾は、古くから国を治めるには、内と外、重い力と軽い力をうまく釣り合わせる必要があると考えました。一方に力が寄りすぎると、内には悪臣が生じ、外には強大な勢力が国をおびやかす恐れがある、という考え方です。
その流れの中で、蘇軾が重んじたのが、皇帝や政治の誤りをいさめる役目をもつ官です。目上の人の過失を指摘して忠告することを諫言(かんげん)といい、中国では官吏の監察を担う御史(ぎょし)なども、政治のゆがみをただす役目を負いました。
蘇軾は、こうした官がいつも賢いとは限らず、言うことが必ず正しいとも限らない、と述べています。それでも、悪臣の芽を早く折り、国の内側に権力がかたよりすぎる弊害を救うためには、その鋭い気力と重い権限を養っておく必要がある、と考えました。
その説明の中に、「養猫以去鼠,不可以無鼠而養不捕之猫;畜狗以防姦,不可以無姦而畜不吠之狗」という言葉が出てきます。猫は鼠を除くために飼い、犬は悪人を防ぐために飼うのだから、鼠がいないからといって鼠を捕らない猫を飼ってよいわけではなく、悪人がいないからといって吠えない犬を飼ってよいわけではない、という意味です。
このたとえでいう「吠えない犬」は、役目があるのに働かない者を表しています。世が平穏で、すぐには問題が見えないときでも、いざという時に声を上げられない者を大事な役目に置けば、国の守りや秩序は弱くなる、という戒めです。
蘇軾が直接述べた場面では、国をいさめる官が、世の中の公の意見に従って発言すべきだという文脈で使われています。つまり、ただ人の失敗を責めることではなく、必要な時に正しく声を上げる働きを重んじる表現です。
のちにこの一節は、中国古典文の選集『古文辞類纂(こぶんじるいさん)』にも収められました。『古文辞類纂』は、清代の姚鼐が編んだ古典文の選集で、1779年に完成したものです。
日本語では、漢文の「不可以無姦而畜不吠之狗」をもとに、「姦無きを以て吠えざるの狗を畜うべからず」という形で受け入れています。「狗」は犬の意味ですが、この言葉の読みでは「いぬ」と読まれています。
現在の意味では、政治の官職だけに限らず、学校、会社、地域の仕事など、責任ある役目に人を選ぶ場面にも広げて用いられます。平和で問題のない時ほど、いざという時に働ける人を備えておくべきだ、という教えにつながっています。
「姦無きを以て吠えざるの狗を畜うべからず」の使い方




「姦無きを以て吠えざるの狗を畜うべからず」の例文
- 平穏な職場でも、姦無きを以て吠えざるの狗を畜うべからずの考えを忘れてはならない。
- 責任ある係を人気だけで決めるのは、姦無きを以て吠えざるの狗を畜うべからずに反する。
- 災害が少ない地域だからこそ、姦無きを以て吠えざるの狗を畜うべからずの教えが重みをもつ。
- 会議で問題点を指摘できない監査役を置くのは、姦無きを以て吠えざるの狗を畜うべからずというものだ。
- 大きな事件が起きていないからといって、姦無きを以て吠えざるの狗を畜うべからずを軽く見てはいけない。
- 組織を守る役目には、姦無きを以て吠えざるの狗を畜うべからずと考えて、実力ある人を選ぶ必要がある。
主な参考文献
・佐竹秀雄・武田勝昭・伊藤高雄編、北村孝一監修『故事俗信ことわざ大辞典 第二版』小学館、2012年。
・松村明監修、小学館大辞泉編集部編『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・蘇軾『上神宗皇帝書』1071年。
・姚鼐編『古文辞類纂』1779年。























