【故事成語】
君子は三端を避く
【読み方】
くんしはさんたんをさく
【意味】
人格の立派な人は、文章・武器・弁論を用いて他人と争うことを避けるというたとえ。


【類義語】
・君子は争う所無し(くんしはあらそうところなし)
「君子は三端を避く」の故事
「君子は三端を避く」は、前漢の学者である韓嬰の名に結び付く『韓詩外伝(かんしがいでん)』巻七に由来します。『韓詩外伝』は、『詩経(しきょう)』の句を、古い説話や教訓と結び付けながら解き明かした全十巻の書物です。
巻七の一節は、まず、鋭いくちばしをもつ鳥をほかの鳥が恐れ、大きな口をもつ魚をほかの魚が恐れると述べます。そして、人間も、言葉が巧みで口の鋭い者を恐れると続けています。ここでは、相手を傷つける言葉や讒言(ざんげん:人を陥れるための悪口)が、鳥のくちばしや魚の口のように危険なものとして示されています。
そのあとに、「是以君子避三端」とあります。「このため、君子は三つの鋭い先を避ける」という意味です。続いて、その三つを「文士之筆端」「武士之鋒端」「辯士之舌端」と具体的に挙げています。
「筆端」は文章を書く筆の先であり、文章の力を表します。「鋒端(ほうたん)」は刀や矛などの刃先であり、武力を表します。「舌端」は舌の先であり、巧みな弁論や鋭い言葉を表します。この三つを合わせて「三端」と呼びます。
筆や舌そのものが悪いという意味ではありません。文章も弁論も、人に考えを伝えるための大切な力です。しかし、それらを相手の評判を傷つけたり、相手を言い負かしたりするために用いれば、刃物と同じように人を苦しめることがあります。「避く」は、こうした力を争いの道具にしないよう、慎むことを表しています。
この一節の末尾では、『詩経』の「小雅(しょうが)・沔水(べんすい)」から、「我友敬矣、讒言其興」という句を引いています。「わが友よ、よく慎みなさい。讒言が起ころうとしている」という意味です。「沔水」は、乱れた世の中で偽りの言葉や讒言が広がることを憂え、友に警戒を呼びかける詩です。
この引用によって、『韓詩外伝』の教えは、単に危険な相手から逃げることではなく、言葉が争いや災いを生み出す前に、自分の振る舞いを慎むことへとつながっています。文章や弁論の力をもつ人ほど、その力を人への攻撃に使わない心が求められるという教えです。
原文の「君子避三端」は、日本では漢文を書き下し、「君子は三端を避く」という形になりました。また、原文の「辯士」は現代の表記では「弁士」と書かれることが多く、「鋒端」は刀などの鋭い先という意味から、武器や武力を表す言葉として受け継がれました。
日本では、1759年、江戸時代中期に、鳥山宗成が校訂した『韓詩外伝』巻七・巻八が刊行されています。原典の文章が日本でも読まれ、その中の「君子避三端」が、「君子は三端を避く」という教えとして伝えられていきました。
現在の「君子は三端を避く」は、意見を述べてはならないという意味ではありません。文章、武力、弁論の強さに任せて相手を打ち負かそうとせず、争いを深めない方法を選ぶことを説いています。知識や力をもつ人ほど、それを慎み深く用いるべきだという教えです。
「君子は三端を避く」の使い方




「君子は三端を避く」の例文
- 委員長は君子は三端を避くの教えを守り、学級新聞で反対意見の友達を責めることをしなかった。
- 父は君子は三端を避くを大切にし、家族の意見が分かれても強い言葉で押さえつけなかった。
- 友人は君子は三端を避くの姿勢で、口げんかに勝とうとせず、静かに話し合う道を選んだ。
- 町内会長は君子は三端を避くを心に留め、批判文を配る前に相手と直接話し合った。
- 社長は君子は三端を避くという考えから、立場の強さで取引先を従わせる方法を退けた。
- 社会の対立を深めないためには、君子は三端を避くの教えに学び、文章や言葉を攻撃の道具にしないことが大切だ。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・吉田照子『韓詩外伝』明徳出版社、1993年。
・韓嬰撰、許維遹校釈『韓詩外伝集釈』中華書局、1980年。
・韓嬰撰、鳥山宗成校『韓詩外伝 七―八』前川権兵衛、1759年。
・韓嬰『韓詩外伝』巻七。
・『詩経』「小雅・沔水」。























