【ことわざ】
後ろ千両前一文
【読み方】
うしろせんりょうまえいちもん
【意味】
後ろ姿は美しいが、正面から見ると容貌が美しくない女性を形容する言葉。


【類義語】
・後ろ弁天前般若(うしろべんてんまえはんにゃ)
・後ろ弁天前不動(うしろべんてんまえふどう)
「後ろ千両前一文」の語源・由来
「後ろ千両前一文」は、一人の女性を後ろから見たときと、正面から見たときとの印象の違いを、昔の貨幣の価値にたとえたことわざです。後ろ姿には千両もの値打ちがあるように思えるのに、顔を見ると一文ほどの値打ちしかない、という強い落差を表しています。
「後ろ」は、人や物の正面とは反対の側、または背中の側を指します。このことわざでは、髪形、着物の着こなし、立ち姿、歩く様子など、顔を見なくても分かる姿全体を表しています。
「千両」は、もとは一両の千倍に当たる金額です。そこから、非常な大金や、きわめて価値の高いものを表す言葉となり、「眼元千両」「一目千両」のように、人の美しさを高く評価する表現にも使われてきました。
これに対して、「一文」は穴の開いた銭一枚を表し、貨幣の最も低い単位として用いられました。さらに、ほんのわずかな金額や、取るに足りない価値を表す意味にも広がっています。
したがって、「千両」と「一文」は、実際の値段を示しているのではありません。非常に価値が高いことと、ほとんど価値がないこととを両端に置き、後ろ姿と正面の印象の違いを極端に言い表しています。
このように、大きな金額を用いて容姿をほめる言い方は、江戸時代の文章にも出てきます。「千両」は、十七世紀には金額だけでなく「非常に価値がある」という意味でも使われ、十九世紀の滑稽本には、人の目元を「千両」と評する用例もあります。
「後ろ千両前一文」と近い形には、「後ろ弁天前般若」や「後ろ弁天前不動」があります。後ろ姿を美しい女神である弁天に、正面の顔を恐ろしい表情の般若や不動明王にたとえた言い方で、後ろ姿と顔との落差を示す点が共通しています。
明治時代には、『俚諺通解(りげんつうかい)』(1898年、高宮感斎編)に「後千両前一文」の形で収められています。この段階では、「後ろ」を「後」と書き、「うしろ」と読ませる表記が用いられていました。
昭和初期の『金言名句辞典―文士必携』(1928年、東京文学院編)にも、「後千両前一文」とあります。同書では、背後から見れば姿がよいのに、正面から見ると容貌が美しくないことを表す言葉として掲げています。
古い辞書類では「後千両前一文」という表記が使われていますが、現在は、読みを分かりやすく示した「後ろ千両前一文」の形も広く用いられます。いずれも、読み方と意味は同じです。
このことわざは、物事の一面だけを見て判断してはならないという教訓へ広げて解釈されることもあります。しかし、本来の意味は女性の後ろ姿と顔を比べ、その容貌を低く評価するものです。意味を一般化しすぎず、古い人物評の表現として理解する必要があります。
また、人の容貌を金銭の価値に置き換え、正面から見た姿を「一文」と評するため、相手に向けて使えば強い侮辱になります。現代では、昔の価値観や言葉づかいを知るためのことわざとして扱い、日常の人物評には用いないのが適切です。
「後ろ千両前一文」の使い方




「後ろ千両前一文」の例文
- 古い読み物には、通り過ぎた女性を後ろ千両前一文と評する場面があった。
- 男は軽口のつもりで後ろ千両前一文と言い、相手をひどく傷つけた。
- 後ろ千両前一文は、後ろ姿と正面の印象の落差を誇張した言い方である。
- 小説では、意地の悪い人物が女性を後ろ千両前一文とあざけっていた。
- 先生は、後ろ千両前一文が人の容貌を金銭で値踏みする古い表現だと教えた。
- 現代の会話で後ろ千両前一文を人に向けて使えば、強い侮辱になりかねない。
主な参考文献
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005〜2006年。
・松村明監修、小学館大辞泉編集部編『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・高宮感斎編『俚諺通解』朗月堂、1898年。
・東京文学院編『金言名句辞典―文士必携』東京文学院、1928年。























