【ことわざ】
打つも撫でるも親の恩
【読み方】
うつもなでるもおやのおん
【意味】
親が子を叱って打つことも、ほめて撫でることも、すべて子を思う愛情の表れだということ。


【類義語】
・打つも撫でるも親の慈悲(うつもなでるもおやのじひ)
・打たれても親の杖(うたれてもおやのつえ)
「打つも撫でるも親の恩」の語源・由来
「打つも撫でるも親の恩」は、親のふるまいを「打つ」と「撫でる」という対になる動作で表したことわざです。厳しく叱ることと、やさしくほめることを並べ、どちらも子を思う心から出るものだと見る言い方です。
「打つ」は、物を他の物に向けて強く当てる、またはたたくことを表します。古くは『万葉集』(8世紀後半成立・奈良時代)に「宇知」の形で用例があり、手や道具で物をたたく意味をもつ言葉として、早くから使われていました。
このことわざの「打つ」は、子に対してきびしく叱る動作を表します。ただし、現在の生活では、人を傷つける行為を正当化する意味で受け取るべきではありません。
「撫でる」は、手のひらで軽くさわり、静かにさすることを表します。『万葉集』(8世紀後半成立・奈良時代)には、母の袖を「奈弖」るという形の用例があり、身近な人の体や衣にやさしく触れる動作として用いられていました。
また「撫でる」には、かわいがる、いつくしむという意味もあります。子どもや小さなものを大切にする意味へ広がり、単なる手の動きだけでなく、愛情を示す動作としても使われるようになりました。
「親」は、子を生み、または養い育てる人を指します。『日本書紀』(720年・奈良時代、舎人親王ら編)には「於夜」の形で用例があり、古くから父母や養育する人を表す言葉として使われていました。
「恩」は、もともと「恵み」を意味し、日本や中国では、特に君主や親から受ける恵みという考えと結びついて強く意識されました。親が子を育てる働きは、単なる行為ではなく、ありがたく受けるものとして語られてきました。
このことわざでは、叱る場面を表す「打つ」と、かわいがる場面を表す「撫でる」が、はっきりした対比になっています。片方は厳しさ、もう片方はやさしさを表し、二つを並べることで、親の愛情が一つの形だけではないことを示しています。
同じ考えを表す言い方に「打つも撫でるも親の慈悲」があります。「慈悲」は、いつくしみ、あわれむ心を表す言葉で、厳しいしつけもやさしい扱いも、子を思う心から出るものだという理解につながります。
近い言い方に「打たれても親の杖」もあります。こちらは、たとえ厳しく叱られても、親の杖には深い愛情がこめられているという教えで、「打つも撫でるも親の恩」と同じく、親の厳しさを子への思いと結びつけてとらえています。
このことわざは、昔の親子観を背景にした言い方です。親の言葉や態度が、いつも子にとって心地よいものとは限らなくても、その奥に子を案じる心がある、という考えを短く言い表しています。
現在用いるときは、暴力や傷つけるしつけを認める意味ではなく、親が子を思って厳しく注意したり、あたたかく励ましたりする心を表す言葉として受け止めることが大切です。厳しさとやさしさの両方を、親の深い愛情として見たところに、このことわざの意味があります。
「打つも撫でるも親の恩」の使い方




「打つも撫でるも親の恩」の例文
- 祖父は、叱ることもほめることも打つも撫でるも親の恩だと、昔ながらの言葉で教えてくれた。
- 母のきびしい注意を思い返し、打つも撫でるも親の恩という言葉の意味が少し分かった。
- 打つも撫でるも親の恩とは、親の厳しさと優しさの両方に子を思う心があるということを表す。
- 父が試合後に反省点を伝え、努力をほめた姿は、打つも撫でるも親の恩に通じるものだった。
- 打つも撫でるも親の恩という言葉は、親の行動を何でもよいとするものではなく、子を思う心を述べたものだ。
- 大人になってから、あの時の忠告も励ましも打つも撫でるも親の恩だったと気づいた。
主な参考文献
・公益財団法人日本漢字能力検定協会『漢字ペディア』。
・現代言語研究会著『故事ことわざの辞典』あすとろ出版。
・松村明監修『デジタル大辞泉』小学館。
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・平凡社編『改訂新版 世界大百科事典』平凡社、2007年。
・こども家庭庁『体罰等によらない子育てのために~みんなで育児を支える社会に~』。























