【ことわざ】
鉄は熱いうちに打て
【読み方】
てつはあついうちにうて
【意味】
鉄は熱して軟らかいうちに打って鍛えるように、人も純粋な気持ちを失わない若いうちに鍛練すべきである。また、物事を行うには、それに適切な時期を失してはいけない。
【語源・由来】
イギリスのことわざ「Strike while the iron is hot.」から。
【類義語】
・老い木は曲がらぬ
・好機逸すべからず
・矯めるなら若木のうち
・鉄は熱いうちに鍛えよ
「鉄は熱いうちに打て」の使い方
「鉄は熱いうちに打て」の例文
- 英語教育は幼少期から始めた方が良いと言われている。まさに鉄は熱いうちに打て、である。
- 鉄は熱いうちに打て、なのだから、自分の気持ちが盛り上がっているうちに、すぐプロポーズした方が良いとおもう。
- その電話は今すぐに折り返した方が良いだろう。鉄は熱いうちに打てだぞ。
- 若い頃に肉体は鍛えておくべきで、年を取ってから初めて鉄は熱いうちに打て、を身にしみて感じるよ。
「鉄は熱いうちに打て」を英語で言うと?
「鉄は熱いうちに打て」の英語表現をご紹介します。
※英語の声:音読さん
Strike while the iron is hot.
- 直訳:鉄は熱いうちに打て。
- 意味:物事は時期を逃さないうちに実行しないと成功しにくい。
- 用語:strike:打つ / iron:鉄
Make hay while the sun shines.
- 直訳:日が照っているうちに干し草を作りなさい。
Never put off till tomorrow what you can do today.
- 直訳:今日できることを明日に延ばすな。
コラム:「鉄は熱いうちに打て」の常識を見直す
「鉄は熱いうちに打て」は、よく知られたことわざで、自分で使ったことがある人も多いでしょう。
少し古いデータですが、NHK 放送文化研究所の「言語環境調査」(1993)によると、その認知度(知っている人の割合)は92.5パーセントときわめて高く、使用度(使ったことがある人の割合)も17.2パーセントと高めでした。
これほど多くの人びとに親しまれた背景には、かつてほとんどの町や村に鍛冶屋(かじや)があり、真っ赤になった鉄を鎚(つち)で打つ光景が間近に見られたことがあげられます。
「村の鍛冶屋」という文部省唱歌もよく知られていました。
もう一つ、大正時代から昭和前期の小学校4年生の国語教科書で、このことわざの異形(いけい、内容は同じだが、少し違う形)が出てくる「乃木将軍の幼年時代」を教えていたことも影響しています(当時は国定〔こくてい〕教科書で、国がさだめた教科書が全国で使われてました)。
いまでは、このことわざが西洋から入ってきたことも知られていて、ことわざ辞典では、英語から入ったことわざ、あるいはイギリスのことわざなどと説明されています。
ことわざの主な意味は、教育や訓練は柔軟性のある若いうちにやらなくてはならないということで、子どもや若者の教育について使われることが多いといえるでしょう。
私自身、小中学生のころに、先生たちに言われることが多かった印象があります。
こうした理解は、いまでは一種の常識となっていますが、常識といっても、“日本の常識”と限定しなくてはなりません。
研究者としては、常識とされるものや思い込みにとらわれずに、ファクト(根拠)をたしかめ、真実を見きわめていくことがたいせつです。
“鉄は熱いうちに打て”についても常識を疑い、見直すことからはじめてみましょう。
まず、このことわざが英語から入ったというのは本当でしょうか? 英語からも入っているのはたしかですが、単純に英語のことわざが元になっていると断定するのは、早計(早とちり)ではないか、と私は考えています。
というのも、このことわざは古代ローマ時代に用例のある古いもので、ほぼ同じ意味の表現が英語のほか、フランス語やドイツ語、ロシア語など、ヨーロッパの多くの言語でひろく使われてきたからです。
ヨーロッパに共通するものと考えると、英語以外の他の言語から入ってきた可能性も十分にあるでしょう。
日本人が西洋の言語を学んだ歴史をふりかえると、英語やフランス語を本格的に学びはじめるのは19世紀に入ってからです。
それ以前はオランダ語が熱心に学ばれ、18世紀中期にはオランダ語の書物を通じて西洋文化を学ぶ蘭学(らんがく)がさかんになっていました。
オランダ語から先に入ってきた可能性があると私は考え、江戸で出版されたオランダ語の辞典『和蘭字彙』(オランダじい、1855-58)を調べてみると、「鉄は熱き内に鍛(きた)うべし」などと訳されたオランダ語のことわざが3カ所確認でき、異形をふくむ“鉄は熱いうちに打て”の最も古い日本語訳であることが判明しました(くわしくは『ことわざの謎--歴史に埋もれたルーツ』〔光文社〕に書きました)。
“鉄は熱いうちに打て”は、最初はオランダ語から日本語に入り、その後英語やフランス語、ドイツ語などからも入ってきて、日本に根づいた表現だったのです。
次に、ことわざの意味や用法(使い方)はどうでしょうか。
英語やフランス語などの“鉄は熱いうちに打て”を検討すると、意味は好機をのがすなということで、日本語のように特に若者の教育などに限定するような用法は認められません。
じつは、日本語に入ってきたときは、やはり原文と同じように好機をのがすなという意味で使われるのが基本で、いまも同じように使われた例が少なからずあります。
なのに、なぜ、子どもや若者に特化した、柔軟な若いうちに鍛えなくてはならないという意味が主流となり、なかば常識となってしまったのでしょうか。
やはり、国定教科書の「乃木将軍の幼年時代」の影響が大きかったのではないか、と私は考えています。
この話は、泣き虫で体の弱かった幼い乃木を両親がどのようにきびしく育てたか、具体的なエピソード--食べ物の好き嫌いをいうと、嫌いなものを何度でも食卓に出し、寒いと弱音をはくと、井戸端に連れていって冷水を浴びせた--をまじえて語っています。
そしてその教育の結果、数え年十歳のときには、江戸から大阪まで両親とともに駕籠(かご)に乗らずに歩いて行くほど丈夫な子どもになったとし、最後に「実(げ)に鉄は熱いうちにきたえねばならぬ」と、ことわざを効果的に引いていました。
昔の国語教育は、繰り返し音読させ、暗唱するほど読ませるものでした。
このような文脈で、全国の小学校で15年もの長い年月教えられていたのですから、当時の児童や先生たちは、ことわざをこうしたエピソードとともにしっかりと頭にきざみこむことになったものと思われます。
その影響は、国定教科書がなくなった第二次世界大戦後にも残っていて、今日のことわざ辞典にもおよんでいるといえるでしょう。
©2024 Yoshikatsu KITAMURA