【ことわざ】
負うた子に教えられて浅瀬を渡る
【読み方】
おうたこにおしえられてあさせをわたる
【意味】
自分より年少、または未熟だと思っていた者から、思いがけず教えられることのたとえ。


【英語】
・Out of the mouths of babes(幼い者が思いがけず賢いことを言う)
【類義語】
・負うた子に教えられる(おうたこにおしえられる)
・三つ子に習って浅瀬を渡る(みつごにならってあさせをわたる)
・愚者にも一得(ぐしゃにもいっとく)
【対義語】
・亀の甲より年の功(かめのこうよりとしのこう)
「負うた子に教えられて浅瀬を渡る」の語源・由来
「負うた子に教えられて浅瀬を渡る」は、背中に背負った子どもに、川の浅い所を教えてもらいながら渡る情景から生まれたことわざです。大人が子どもを背負っているので、ふつうは大人が子どもを助けている場面ですが、ここではその子どもが大人を助けるところに、このことわざの面白さがあります。
「負うた」は、ここでは「背負った」という意味です。「浅瀬」は、川などの水が浅い所を指し、深みを避けて安全に渡るための大切な手がかりになります。
川を渡る人は、足もとだけを見ていると、水の深さや川底の様子をつかみにくいことがあります。ところが、背中の子どもは少し高い所から川を見下ろせるため、どこが浅いかを見つけられるという理屈が、この言い方の土台にあります。
古い用例として、波形本狂言(なみがたぼんきょうげん)『内沙汰(うちざた)』(室町末〜近世初)に、「おふた子におしへられてあさい瀬(セ)を渡ると云が此事じゃ」とあります。古い表記では「おふた子」「あさい瀬」のように書かれており、現在の形とは少し表記が異なります。
『内沙汰』は狂言の演目で、正規の訴訟ではなく内々に事を処理することを題材にし、当時の訴訟の様子も取り入れています。大蔵流では「右近左近(おこさこ)」の題名でも演じられます。
この古い用例では、背負われている子どもに教えられるという意外さが、相手を見くびってはいけないという教えにつながっています。年長者や経験者の側が、年少者や未熟と思われる者から知恵を得ることもある、という意味がすでに形になっています。
江戸時代には、浄瑠璃(じょうるり)『近江源氏先陣館(おうみげんじせんじんやかた)』(1769年・江戸時代中期、近松半二・竹本三郎兵衛ほか合作)にも、この表現に近い形が出てきます。この作品は明和六年に大坂の竹本座で上演された時代物の浄瑠璃です。
『近江源氏先陣館』では、佐々木盛綱(ささきもりつな)と高綱(たかつな)の兄弟が敵味方に分かれ、高綱の子である小四郎(こしろう)の行動が大きな意味をもちます。盛綱は、小四郎のけなげな忠義と計略に心を動かされ、敵味方の立場をこえて深く感じ入ります。
その場面に、「負うた子に教へられ浅瀬を渡るこの佐々木」とあります。ここでは、年少の小四郎の忠義に、大人である盛綱が教えられる形になっており、ことわざの意味が物語の中で強く生かされています。
近代にも、このことわざは「負うた子供に浅瀬を教えられた」という形で使われています。羽仁もと子の『教育三十年』(1950年)では、子どもの姿を通して自分自身を省みる文脈で用いられています。
このように、「負うた子に教えられて浅瀬を渡る」は、実際の川渡りの情景から、学ぶ相手を年齢や立場だけで決めてはいけないという教えへ広がりました。自分より幼い者、経験の浅い者、立場の低い者にも、思いがけない知恵や正しい見方があることを、やさしく伝えることわざです。
「負うた子に教えられて浅瀬を渡る」の使い方




「負うた子に教えられて浅瀬を渡る」の例文
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- 負うた子に教えられて浅瀬を渡るというように、相手が年下でも役立つ助言には耳を傾けるべきだ。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・集英社辞典編集部編『会話で使えることわざ辞典』集英社、1989年。
・『内沙汰』室町末〜近世初。
・近松半二・竹本三郎兵衛ほか『近江源氏先陣館』1769年。























