【ことわざ】
医者寒からず儒者寒し
【読み方】
いしゃさむからずじゅしゃさむし
【意味】
医者はおおむね生活に困らず、儒者や学者は貧しくなりがちだというたとえ。「寒し」は、ここでは貧しいという意味。


【類義語】
・学者貧乏(がくしゃびんぼう)
・軍者ひだるし儒者寒し(ぐんしゃひだるしじゅしゃさむし)
「医者寒からず儒者寒し」の語源・由来
「医者寒からず儒者寒し」は、中国の一つの古い逸話に直接もとづく故事成語ではなく、医者と儒者を比べた日本のことわざです。ここでの「医者」は病気を治す人、「儒者」は本来、儒学(じゅがく)を修めたり講じたりする学者を指します。
このことわざの中心にあるのは、「寒し」という言い方です。「寒い」は、からだが冷えることだけでなく、金銭に乏しく、生活が苦しいことも表します。古い用例にも、貧しさを表す「寒い」の使い方が出てきます。
「儒者」は、もともと中国の儒学を学び、教える人を表す言葉です。日本でも古くからこの言葉は用いられ、のちには、江戸幕府で将軍に儒学の経典を進講する職名としても使われました。
江戸時代の日本では、儒者は、儒学的な教養を人に伝える知識人として大きな役割を担いました。けれども、近世日本の儒者は、中国の科挙(かきょ)のような制度によって官僚になる道を広く持っていたわけではなく、出自も暮らし方もさまざまでした。
そのため、このことわざは、学問の高さそのものを否定する言葉ではありません。むしろ、知識や教養を持つ人が、社会の中で必ずしも豊かな収入を得られるとは限らないという、少し皮肉を含んだ世間の見方を表しています。
一方、医者は、病気やけがという、人の暮らしに直接かかわる問題を扱います。病人や家族にとって、医者の助けは切実であり、謝礼や収入につながりやすい仕事として見られました。この対比から、「医者は寒からず、儒者は寒し」という形で、暮らし向きの差を短く言い表したのです。
江戸時代には、医学と学問が、まったく別々の世界だったわけではありません。本草学(ほんぞうがく)は、薬になる動物・植物・鉱物を研究する学問であり、江戸初期以降、儒学者や医者の間で盛んになりました。
実際に、貝原益軒(かいばらえきけん)は、江戸前期の儒学者・本草学者で、薬学を学び、『養生訓(ようじょうくん)』や『大和本草(やまとほんぞう)』などを著しました。儒学・薬学・本草学が近いところで学ばれていたことは、この人物の経歴にもよく表れています。
また、本居宣長(もとおりのりなが)は、江戸中期の国学者・歌人として知られますが、京都で医と儒学を学び、松坂に帰って小児科医を開業しました。学問を続ける人が、生活のために医を業とする例もあったのです。
上田秋成(うえだあきなり)も、江戸中期から後期にかけての読本作者・国学者で、医学を学び、大坂で医者を開業しました。文学や国学に深く関わった人物が、医者としても生活したことは、このことわざの背景にある「学問」と「医業」の距離の近さを思わせます。
このように、「医者寒からず儒者寒し」は、医者が役に立ち、儒者が役に立たないという単純な評価ではありません。人々の暮らしにすぐ役立つ仕事は収入に結びつきやすく、学問を教えたり深めたりする仕事は、尊敬されても生活の豊かさに直結しにくいという、昔の社会感覚を映した言葉です。
現在、このことわざを使うときは、職業についての決めつけにならないよう、注意が必要です。学問の価値はお金だけで測れるものではなく、医療の仕事も、時代や立場によって事情が異なります。そのうえで、知識や研究の価値と収入の多さは必ずしも同じではない、という意味で受け取ると分かりやすいことわざです。
「医者寒からず儒者寒し」の使い方




「医者寒からず儒者寒し」の例文
- 江戸時代の学者の暮らしを調べると、医者寒からず儒者寒しということわざの背景が見えてくる。
- 研究に一生をささげた人が生活に苦しんだ話を聞き、医者寒からず儒者寒しという言葉を思い出した。
- 医者寒からず儒者寒しは、学問の価値と収入の多さが必ずしも一致しないことを表す。
- 昔は、病気を治す医者には謝礼が集まりやすく、学問を教える儒者は貧しいことが多いとして、医者寒からず儒者寒しといった。
- 父は、仕事の収入だけで人の価値を決めてはならないと話し、医者寒からず儒者寒しを例に出した。
- 医者寒からず儒者寒しということわざには、知識人への尊敬と、暮らしの厳しさへの皮肉がこめられている。
主な参考文献
・現代言語研究会著『日本語を使いさばく 故事ことわざの辞典』あすとろ出版、2007年。
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・小学館『デジタル大辞泉』小学館。
・旺文社編『旺文社日本史事典 三訂版』旺文社。
・山川出版社編『山川 日本史小辞典 改訂新版』山川出版社。























