【ことわざ】
命は法の宝
【読み方】
いのちはほうのたから
【意味】
命があるからこそ、ありがたい仏法の教えを聞き、学ぶことができるということ。


【類義語】
・命あっての物種(いのちあってのものだね)
・命が物種(いのちがものだね)
・死んで花実が咲くものか(しんではなみがさくものか)
【対義語】
・命は鴻毛より軽し(いのちはこうもうよりかるし)
・命は義によりて軽し(いのちはぎによりてかるし)
「命は法の宝」の語源・由来
「命は法の宝」の「法」は、ここでは世の中の法律ではなく、仏の説いた教え、すなわち仏法(ぶっぽう)を指します。「宝」は、ほかのものと取り替えることのできない大切なものを意味するため、このことわざは、「命こそ、仏法を聞くためのかけがえのないよりどころである」という意味の言葉として成り立っています。
古い用例として、『毛吹草(けふきぐさ)』(寛永15年・1638年序、正保2年・1645年刊、松江重頼編)に、「命は法の宝」が出ています。このことから、江戸時代前期には、仏法を聞くことと命の大切さを結びつける言い回しとして、すでに知られていたことが分かります。
『毛吹草』は、俳諧(はいかい)の作法や句作に用いる言葉を集めた書物です。巻二には、俳諧や連歌に用いる季節の言葉・恋の言葉に加え、世話、すなわち人々のあいだで伝わる言い習わしが収められており、後には、俚諺(りげん:民間に伝わることわざや言い習わし)の資料としても重んじられました。
このことわざでは、仏法そのものを宝と呼ぶのではなく、その仏法を聞くことのできる「命」を宝と呼んでいます。どれほど尊い教えがあっても、聞き、考え、心に受けとめるためには、生きている身が必要だという考えが、短い形にまとめられています。
また、「法」は、仏教語として古くから「仏の説いた教え」を表してきた言葉です。そのため、「命は法の宝」は、単に「命が大事」というだけでなく、命があるからこそ教えに出会い、よりよく生きる道を学べるという、仏教的な価値観を含んでいます。
現在の意味も、この古い形をよく保っています。命があればこそ、ありがたい教えを聞くことができるという意味で用いられ、命を粗末にせず、学びや信仰の機会を大切にする言葉として受け継がれています。
「命は法の宝」の使い方




「命は法の宝」の例文
- 祖母は命は法の宝という言葉を胸に、体をいたわりながら寺の法話に通った。
- 危ない山道を急ぐより、命は法の宝と考えて安全な道を選んだ。
- 大切な教えを学び続けるためにも、命は法の宝という心を忘れない。
- 病気から回復した父は、命は法の宝だと感じ、毎朝の読経を続けた。
- 子ども会で僧侶の話を聞いた生徒たちは、命は法の宝の意味を自分の生活に引き寄せた。
- 命は法の宝ということわざは、生きていてこそ尊い教えに出会えると教える。
主な参考文献
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005〜2006年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・平凡社編『改訂新版 世界大百科事典』平凡社、2007年。
・松江重頼編『毛吹草』寛永15年序、正保2年刊。























