【故事成語】
凱風南よりして彼の棘心を吹く
【読み方】
がいふうみなみよりしてかのきょくしんをふく
【意味】
母が、手のかかる子を温かい愛情で見守り、苦労しながら育てることのたとえ。


「凱風南よりして彼の棘心を吹く」の故事
この故事成語は、中国最古の詩集とされる『詩経(しきょう)』の「国風・邶風(はいふう)」に収められた「凱風」にもとづきます。『詩経』は、西周初期から東周中期にかけての作品群を含む詩集で、三百五首を収め、後に儒教の五経の一つとして重んじられました。
原典の第一章には、「凱風自南、吹彼棘心。棘心夭夭、母氏劬勞」とあります。日本語の書き下しでは「凱風南よりし、彼の棘心を吹く」と読まれ、後に「凱風南よりして彼の棘心を吹く」という形でも伝わりました。
「凱風(がいふう)」は、南から吹くやわらかで心地よい風を指します。「棘心(きょくしん)」は、いばらの木の若い芽のことで、育てるのに苦労するもの、特に手のかかる幼い子のたとえとして使われています。
第一章では、南から吹くやわらかな風が、いばらの若芽に吹きかかります。その若芽がみずみずしく育つ情景のあとに、「母氏劬労す」、つまり母が苦労して子を育てたことが続きます。自然の風が若芽を育てる姿を通して、母の長い養育の苦労と慈愛を表しているのです。
第二章には、「凱風自南、吹彼棘薪」とあり、いばらの若芽は「棘薪(きょくしん)」、つまり成長した木として表されます。続く句では、母はすぐれて善い人であるのに、自分たち子どもの中には立派な者がいない、という自責の思いが述べられます。若芽から木へという変化は、子が育って大きくなったことを示し、その成長の背後に母の苦労があったことを思わせます。
第三章と第四章では、冷たい泉や美しく鳴く黄鳥を引きながら、七人の子がいても母を苦労させ、母の心を慰められないという嘆きが語られます。ここで大切なのは、母の愛を受けて育った子どもたちが、その恩の大きさに気づき、自分たちの至らなさを恥じている点です。
古い注釈では、「凱風」を親孝行な子どもをたたえる詩とし、凱風を寛大で慈しみ深い母、棘を育てにくい子どもにたとえています。また、いばらが南風を受けて育つように、子どもも母の慈愛によって成長したと解いています。
後の時代には、この詩の「凱風」と、同じ詩に出る「寒泉」を合わせて「凱風寒泉之思」という表現も生まれました。これは、母の恩を深く思う気持ちを表す言い方で、『後漢書』にもその形が出てきます。
このように、「凱風南よりして彼の棘心を吹く」は、ただ南風が若芽を吹く情景を述べた言葉ではありません。育てにくい幼い子を、母が温かな愛情で包み、苦労を重ねながら成長へ導くことを表す故事成語として伝わってきたのです。
「凱風南よりして彼の棘心を吹く」の使い方




「凱風南よりして彼の棘心を吹く」の例文
- 母は、反抗しがちな弟を叱るだけでなく、凱風南よりして彼の棘心を吹くように支え続けた。
- 病気がちだった幼い子を、母は凱風南よりして彼の棘心を吹く思いで夜通し看病した。
- 失敗してふさぎこむ娘を、母は凱風南よりして彼の棘心を吹くような愛情で見守った。
- 仕事で疲れていても、母は凱風南よりして彼の棘心を吹くように子の宿題に寄り添った。
- 荒れた気持ちで帰ってきた子を、母の言葉が凱風南よりして彼の棘心を吹くように落ち着かせた。
- 幼いころの私を、母は凱風南よりして彼の棘心を吹くように辛抱強く育ててくれた。
主な参考文献
・白川静『字通 普及版』平凡社、2014年。
・塚本哲三編『漢文叢書 詩経書経易経』有朋堂、1922年。
・『詩経』。
・毛亨伝、鄭玄箋、孔穎達疏『毛詩正義』。
・范曄『後漢書』。























