【故事成語】
草、囹圄に満つ
【読み方】
くさ、れいごにみつ
【意味】
善政によって世の中がよく治まり、罪を犯す者がいないことのたとえ。


【類義語】
・天下泰平(てんかたいへい)
【対義語】
・乱世(らんせい)
「草、囹圄に満つ」の故事
「草、囹圄に満つ」の「囹圄(れいご)」は、罪人を閉じ込めておく牢屋のことです。「囹圄」は「れいぎょ」とも読みます。罪人が一人も入れられないまま牢屋が使われなくなり、建物や庭に草が生い茂ったという情景から、善政によって犯罪や争いがなくなった世の中を表します。
もとになった話は、『隋書(ずいしょ)』(唐、636年に帝紀・列伝成立、魏徴ら奉勅撰)の巻七十三「循吏伝(じゅんりでん)」に収められた、劉曠の伝記に出てきます。「循吏」とは、法律による厳しい処罰だけに頼らず、誠実な政治によって人々を導いた役人を指す言葉です。
隋の文帝の開皇年間の初め、劉曠は平郷県(へいきょうけん)の長官となり、一人で馬に乗って赴任しました。性格は慎み深く温厚で、人に接するときには、いつも誠実さと思いやりを大切にしていました。
住民同士に争いや訴えが起こると、劉曠は当事者たちに道理を丁寧に説き聞かせました。すぐに罰を加えたり、力で争いを押さえつけたりしなかったため、当事者は、それぞれ自分の過ちを認め、納得して帰っていきました。
劉曠は、自分が受け取った俸禄を、貧しく生活に困っている人々に分け与えました。住民は、その人柄と政治に心を動かされ、互いに励まし合い、立派な長官がいるのだから悪いことはできないと考えるようになりました。
こうした政治が七年間続くと、地域には道徳と教えが広く行き渡り、訴訟はなくなりました。牢屋には、つながれている罪人が一人もおらず、『隋書』には「囹圄盡皆生草」と記されています。牢屋という牢屋に草が生えたという意味です。
さらに、牢屋の庭は、鳥を捕らえる網を張れるほど静かだったとも記されています。人の出入りが絶え、誰にも踏まれなくなったため、草が生い茂るほど、牢屋はひっそりとしていたのです。これは、牢屋の管理を怠ったという話ではなく、牢屋を使う必要そのものがなくなったことを表しています。
劉曠が任地を去るときには、役人も住民も、年齢を問わず、道で泣きながら見送り、数百里にわたって送り続けました。その後も劉曠は、清廉な評判と優れた政治によって高く評価され、皇帝から、数多くの県令の中でも特に優れているとたたえられ、莒州の刺史へ取り立てられました。
この話は、李延寿が編んだ『北史(ほくし)』(659年成立)の巻八十六「循吏伝」にも、ほぼ同じ内容で受け継がれています。そこにも、獄中に囚人がおらず、争いが絶え、牢屋に草が生えたと記されています。
もとの『隋書』では、「草、囹圄に満つ」という形が、そのまま書かれているのではなく、「牢屋に草が生えた」と記されています。この情景を四字にまとめた表現が「草満囹圄(そうまんれいご)」であり、それを日本語の語順で読んだ形が「草、囹圄に満つ」です。
この故事が伝える善政とは、ただ罰を重くして人々を恐れさせる政治ではありません。劉曠が道理を説き、貧しい者を助け、その誠実さによって人々の心を改めさせた結果として、牢屋が空になりました。そのため、「草、囹圄に満つ」は、犯罪が少ないという事実だけでなく、人々が自ら正しく生きようとするほど、よい政治が行き届いた状態を表す故事成語となっています。
「草、囹圄に満つ」の使い方




「草、囹圄に満つ」の例文
- 名君は草、囹圄に満つ世を目指し、貧しい人々を助ける政治を行った。
- その国は長年の善政によって、草、囹圄に満つとたたえられた。
- ただ刑罰を厳しくするだけでは、草、囹圄に満つ社会を築くことはできない。
- 草、囹圄に満つという故事成語は、牢屋に罪人がいないほど平和な世を表す。
- 住民たちは、草、囹圄に満つ穏やかな時代が末永く続くことを願った。
- 為政者は草、囹圄に満つ理想を掲げ、犯罪を生まない社会づくりに力を注いだ。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・公益財団法人日本漢字能力検定協会編『漢検 四字熟語辞典 第二版』日本漢字能力検定協会、2012年。
・魏徴等奉勅撰『隋書』636年(帝紀・列伝成立)。
・李延寿『北史』659年。























