【故事成語】
草を打って蛇を驚かす
【読み方】
くさをうってへびをおどろかす
【意味】
ある人を懲らしめることで、それと関係する別の人を戒めること。また、何気なくしたことが思いがけない結果を生むこと。


【英語】
・Punishing one serves as a warning to all the others.(一人を罰することが、ほかの全員への戒めになる)
【類義語】
・一罰百戒(いちばつひゃっかい)
・藪をつついて蛇を出す(やぶをつついてへびをだす)
「草を打って蛇を驚かす」の故事
「草を打って蛇を驚かす」は、中国の「打草驚蛇」という四字の表現を、日本語の文の形に読み下したものです。草むらを棒などで打つと、中に潜んでいた蛇が驚いて姿を現したり、逃げ出したりする光景を、人間の行動と、それがもたらす思いがけない影響にたとえています。
この表現を用いた古い文献の一つに、『祖堂集(そどうしゅう)』(952年・五代十国時代の南唐、静・筠編)があります。巻七「雪峰和尚」には、禅僧同士の問答を評する言葉として、「打草驚蛇」と記されています。この例から、「打草驚蛇」という四字の形は、10世紀半ばにはすでに使われていたことが分かります。
この故事成語の由来として広く知られているのは、鄭文宝が著した『南唐近事(なんとうきんじ)』(977年・北宋初期)に収められた王魯の話です。王魯は、現在の中国安徽省(あんきしょう)にあたる当塗(とうと)の長官を務め、財産を増やすことに熱心で、賄賂にも関わっていました。
あるとき、当塗の住民たちが連名で訴状を出し、役所の文書などを扱う主簿(しゅぼ)が賄賂を受け取っていると訴えました。その訴状を裁く立場にあったのが王魯でしたが、王魯自身も同じような悪事に関わっていたため、部下への訴えを他人事とは思えませんでした。
王魯は訴状に、「汝雖打草、吾已蛇驚」と書きました。「あなたたちは草を打っただけだが、蛇である私は、もう驚いている」という意味です。住民が直接訴えた相手は主簿でしたが、その訴えによって、背後で同じ悪事をしていた王魯まで恐れを抱いたのです。
『南唐近事』は、王魯のこの言葉が、人々の批判や物笑いの種になったと記しています。本来なら部下の不正を裁くべき長官が、自分を草むらに隠れた蛇にたとえ、自らの後ろ暗さをうっかり表してしまったからです。
この故事からは、ある者を取り調べたり処罰したりすると、それに関係する別の者も警戒するという意味が生まれました。一人を戒めることが仲間全体への警告になるという、現在の「一罰百戒」に近い使い方です。
一方、「打草驚蛇」という四字そのものは、『南唐近事』より早い『祖堂集』にも出ています。この年代関係から、王魯の話だけを表現の唯一の始まりと断定することはできませんが、王魯の故事は、草を打つ行為と蛇が驚く結果との関係を、具体的で分かりやすい物語として伝えたものといえます。
後の中国では、意味の重点が少しずつ移りました。『水滸伝(すいこでん)』には、早まって動けば「打草驚蛇」となり、相手に手を打たれてしまうという趣旨の用例があります。ここでは、一人を罰して仲間を戒めることよりも、不用意に行動して敵に情報を与え、先に警戒させてしまうことを表しています。
日本語では、「草を打って蛇に驚く」という形も使われました。曲亭馬琴の読本『旬殿実々記(じゅんでんじつじつき)』(1808年・江戸時代後期)には、「草を打って蛇に驚かさるる」とあります。この例では、何気なく働きかけたために、予想しなかった反応や結果が生じることを表しています。
「草を打って蛇に驚く」は、行動した側が思わぬ結果に驚くことに重きを置いた形です。これに対して、「草を打って蛇を驚かす」は、行動によって隠れた相手を動揺させたり、警戒させたりすることに重きを置いていますが、現在は互いに近い表現として扱われています。
このように、「草を打って蛇を驚かす」は、一つの行為が、見えないところにいる関係者まで動かすことを表します。その影響を意図して利用する場合にも、思いがけず相手を警戒させてしまう場合にも使われる、二つの方向をもった故事成語です。
「草を打って蛇を驚かす」の使い方




「草を打って蛇を驚かす」の例文
- 委員会が一人の不正を厳しく処分したことは、草を打って蛇を驚かす効果を生み、関係者全体への戒めとなった。
- 担任が中心人物を注意すると、草を打って蛇を驚かすように、同じいたずらに加わっていた生徒たちも行いを改めた。
- 末端の仲間を早く取り調べたため、草を打って蛇を驚かす結果となり、主犯に逃げられてしまった。
- 相手の計画を不用意に尋ねれば、草を打って蛇を驚かすことになり、証拠を隠されるおそれがある。
- 一つの部署に監査が入ると、草を打って蛇を驚かすように、似た不正を抱える部署も急いで改善を始めた。
- 何気なく口にした質問が草を打って蛇を驚かすこととなり、隠されていた問題が一気に表面化した。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・静・筠編、孫昌武・衣川賢次・西口芳男点校『祖堂集』中華書局、2018年。
・鄭文宝『南唐近事』977年。
・曲亭馬琴『旬殿実々記』1808年。
・『水滸伝』明代成立。























