【故事成語】
食らえどもその味わいを知らず
【読み方】
くらえどもそのあじわいをしらず
【意味】
ほかのことに心を奪われていると、物を食べても味さえ分からないこと。物事に心を集中して真剣に取り組まなければ、その内容を十分に理解したり、身につけたりできないという戒め。


【英語】
・When the mind is elsewhere, you can eat without tasting.(心がほかのことに向いていれば、食べても味が分からない)
【類義語】
・心ここにあらざれば視れども見えず(こころここにあらざればみれどもみえず)
【対義語】
・一意専心(いちいせんしん)
「食らえどもその味わいを知らず」の故事
この言葉は、中国の古典『礼記(らいき)』の一篇である『大学(だいがく)』に出てくる「食而不知其味」に由来します。『大学』では、人が自分の身を正しく修めるためには、まず心を正しい状態に保たなければならないと説いています。
この一節の前では、心が怒りにとらわれたり、恐れに支配されたり、好きなものに偏ったり、心配事でいっぱいになったりすると、物事を正しく受け止められなくなると述べています。強い感情そのものを否定するのではなく、それに心を奪われたままでは、落ち着いた判断ができないと戒めているのです。
そのあとに、「心不在焉、視而不見、聴而不聞、食而不知其味」と続きます。日本では、「心焉(ここ)に在らざれば、視れども見えず、聴けども聞こえず、食らへども其の味を知らず」と読み下します。心が目の前の物事に向いていなければ、目を向けても本当には見えず、耳を傾けても聞こえず、食べても味が分からないという意味です。
ここでは、見ること、聞くこと、食べることが順に並べられています。目や耳や舌が働いていても、心が伴わなければ、目の前にあるものの意味や価値を十分に受け取れないことを、三つの身近な感覚によって表しているのです。
原文の「食而不知其味」は、直訳すれば「食べても、その味を知らない」となります。ただ空腹を満たすために口へ運ぶだけで、心を向けて味わわなければ、食べ物の味を本当に知ったことにはなりません。この具体的な場面が、物事に真剣に向き合わなければ何も身につかないという教えへと広がりました。
「食らえども」の「食らう」は、ここでは単に「食べる」という意味です。現代では乱暴な言い方として受け取られることもありますが、古くは、漢文を日本語として読む漢文訓読において、「食」の読みとして広く用いられ、「食らへども其の味を知らず」という形が伝わりました。
『大学』は、著者や成立年が明らかではない中国戦国時代の思想書で、もとは『礼記』の中の一篇でした。個人の心を正し、身を修めることから、家庭、国、天下を整えることへと進む道筋を説いた書物です。
南宋の儒学者である朱熹は、1189年に『大学章句(だいがくしょうく)』を著し、『大学』を『論語』『孟子』『中庸』とともに四書の一つとして位置づけました。四書は中国だけでなく日本でも重んじられ、江戸時代には朱熹の注釈を通して広く読まれ、多くの和刻本も刊行されました。
原典を読み下した形は「食らへども其の味を知らず」ですが、現代の日本語では、「其の味」を意味の取りやすい「その味わい」に改めた「食らえどもその味わいを知らず」という形でも用いられています。長い一節の末尾が独立し、勉強や仕事などに心を入れて向き合うことの大切さを説く言葉として定着しています。
この故事成語は、ただ作業を済ませるだけでは、本当に理解したことにはならないと教えています。目の前の物事に心を向け、意味を考えながら取り組んでこそ、その価値を味わい、自分のものにできるのです。
「食らえどもその味わいを知らず」の使い方




「食らえどもその味わいを知らず」の例文
- 教科書をただ声に出して読むだけでは、食らえどもその味わいを知らずで、内容を理解したことにはならない。
- 家族の話を聞きながら携帯電話ばかり見ている態度は、食らえどもその味わいを知らずというほかない。
- 名画の前を急いで通り過ぎるだけでは、食らえどもその味わいを知らずで、その作品の良さには気づけない。
- 研修に出席しても説明を上の空で聞いていた彼は、食らえどもその味わいを知らずの状態だった。
- 旅行の日程をこなすことだけに追われて景色を楽しめないのでは、食らえどもその味わいを知らずである。
- 多くの本を読んでも内容を考えずに忘れてしまうなら、食らえどもその味わいを知らずになりかねない。
主な参考文献
・公益財団法人日本漢字能力検定協会『漢字ペディア』。
・小学館『デジタル大辞泉』。
・円満字二郎編『故事成語を知る辞典』小学館、2018年。
・赤塚忠著『新釈漢文大系 2 大学・中庸』明治書院、1967年。
・朱熹『大学章句』1189年。
・『礼記』。























