【故事成語】
君子は独りを慎む
【読み方】
くんしはひとりをつつしむ
【意味】
徳のある人は、他人が見ていない所でも行いを慎み、良心に恥じるようなことをしない。


【英語】
・A man of virtue behaves properly even when alone.(徳のある人は、一人のときでも正しく振る舞う)
【類義語】
・慎独(しんどく)
・君子は屋漏に恥じず(くんしはおくろうにはじず)
「君子は独りを慎む」の故事
「君子は独りを慎む」は、古代中国の儒教経典『礼記(らいき)』に収められた『大学(だいがく)』の一節から生まれた言葉です。『礼記』は、戦国時代から秦・漢代にかけて説かれた礼の理論や制度を集め、前漢の戴聖が編集したと伝わる書物で、『大学』や『中庸(ちゅうよう)』もその一篇として収められています。
『大学』には、「故君子必慎其独也」とあります。書き下すと「故に君子は必ず其の独りを慎むなり」となり、これが現在の「君子は独りを慎む」という形につながりました。
この一節の前では、「意を誠にする」とは、自分で自分を欺かないことだと説いています。悪い行いを、嫌な臭いを避けるように心から退け、善い行いを、美しいものを好むように心から求めなければならないという教えです。その結びとして、人に知られない自分の心を慎むことが大切だと述べています。
ここでいう「独」は、ただ一人で過ごしている状態だけを指すものではありません。南宋の朱熹は、他人は知らなくても自分だけは知っている心のあり方を「独」と解きました。そのため、この言葉は、人目のない所で行いを慎むことに加え、心の中に生じた悪い考えをごまかさず、自分自身に対して誠実であることも表します。
『大学』では続いて、人目がないと悪事を重ね、立派な人物に会うと悪い部分を隠し、善人らしく見せようとする者の姿を挙げています。しかし、心の中にあるものは、やがて外側の態度にも表れます。外見だけを取り繕うのではなく、誰にも知られていない段階から自分を正すべきだというのが、この教えの大切な点です。
同じ『礼記』の『中庸』にも、「故君子慎其独也」とあります。その直前では、立派な人は、誰にも見られていない所で戒め慎み、誰にも聞かれていない所でも心を引き締めると説いています。隠れたことほど現れやすく、ごく小さな心の動きほど明らかになるため、自分だけが知る部分を慎むのです。
宋代になると、『大学』と『中庸』は『礼記』から独立して重んじられるようになりました。南宋の朱熹が『論語』『孟子』と合わせて四書の体系に置いたことで、学問や心の修養の基本となる書物として広く読まれ、「慎独」という考えも後世へ受け継がれました。
日本語の古い用例としては、『わらんべ草(わらんべぐさ)』(1660年・江戸時代前期、大蔵虎明著)に、「君子は其ひとりをつつしふとかや」とあります。狂言の作法や演技の心得を子孫に伝える書物の中で用いられており、江戸時代前期には、日本でもこの教えが知られていたことが分かります。
さらに、『山鹿語類(やまがごるい)』(1665年・江戸時代前期、山鹿素行著)には、武士の務めについて、「身の独りを慎んで義を専らとするにあり」とあります。人に見られているときだけ忠義や礼儀を守るのではなく、一人のときにも正しい道から外れないことが、武士の生き方として説かれました。
こうして、原文の「其の独りを慎む」という言い方は、日本語では「君子は独りを慎む」または「君子は独を慎む」という形で定着しました。また、その考えを二字で表す「慎独」という言葉も広く用いられています。現在も、人の評価を得るためではなく、自分の良心に従って正しく行動することの大切さを表す教えとして使われています。
「君子は独りを慎む」の使い方




「君子は独りを慎む」の例文
- 君子は独りを慎むという教えに従い、彼は誰もいない教室でも決まりを守った。
- 母は、留守番をしているときこそ君子は独りを慎む心が大切だと子どもに話した。
- 友人の秘密を一人で知っていても、君子は独りを慎む姿勢で軽々しく口外しなかった。
- 祭りの会計係は、確認する人がいなくても君子は独りを慎む気持ちで記録を正確につけた。
- 上司が不在の日も、彼は君子は独りを慎むという言葉を胸に、決められた手順を守った。
- 匿名で発言できる場所でも、君子は独りを慎むという考えを忘れてはならない。
主な参考文献
・松村明監修、小学館大辞泉編集部編『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・近藤いね子・高野フミ編『プログレッシブ和英中辞典 第4版』小学館、2011年。
・戴聖編『礼記』前漢。
・朱熹『四書章句集注』南宋。
・大蔵虎明『わらんべ草』1660年。
・山鹿素行『山鹿語類』1665年。























