【故事成語】
蝦蟆は日夜鳴けども人之を聴かず
【読み方】
がまはにちやなけどもひとこれをきかず
【意味】
おしゃべりが多すぎる人の言葉は、重く受け取られず、軽んじられやすいこと。言葉は多さではなく、時機と中身が大切だという戒め。


【英語】
・Empty vessels make the most noise.(中身のない人ほど大きな声で騒ぐ)
【類義語】
・多言なればしばしば窮す(たげんなればしばしばきゅうす)
【対義語】
・一言九鼎(いちげんきゅうてい)
「蝦蟆は日夜鳴けども人之を聴かず」の故事
「蝦蟆は日夜鳴けども人之を聴かず」は、中国の思想家・墨子(ぼくし)にまつわる問答をもとにした故事成語です。墨子は中国戦国時代初期の思想家で、墨家の祖とされ、博愛や反戦・平和を説いた人物です。
この言葉の背景にある問答は、清末の学者・孫詒讓の『墨子閒詁』附録「墨子後語上」に出てきます。孫詒讓は1848年に生まれ、1908年に亡くなった清末の学者で、『墨子閒詁』などを著しました。
話の中で、弟子が墨子に「多言有益乎」とたずねます。これは、「多く話すことには益があるのでしょうか」という問いです。
墨子はその問いに対して、ひきがえるや蛙などが昼も夜も鳴き続け、舌が乾くほど声を出しても、人はその声を聞き入れない、と答えます。ここで大切なのは、声を出している時間の長さではなく、その声が人に届く意味をもつかどうかです。
続いて墨子は、明け方に時を得て鳴く鶏を対比させます。鶏の声は一晩中続くわけではありませんが、夜明けを知らせる時に鳴くため、世の人々を動かす力をもちます。
この対比から、墨子は「多言何益。唯其言之時也」と述べます。多く話すこと自体に価値があるのではなく、言葉が時にかなっていることが大切だ、という意味です。
現在の「蝦蟆は日夜鳴けども人之を聴かず」は、この問答の前半にあたる「蝦蟆日夜鳴,人不聽之」という形に近い表現として伝わっています。ひきがえるが昼夜鳴いても人が聞き入れない、という部分を取り出し、おしゃべりな人の言葉が軽く見られることを表す言い方になっています。
「蝦蟆」は、漢字としては「がま」、つまりカエルの一種であるひきがえるを意味します。この具体的な動物の声が、ただ量だけ多くても人の心に届かない言葉のたとえとして使われています。
この故事成語は、ただ黙っていればよいという意味ではありません。大事なのは、必要な時に、必要な内容を、相手に届く形で言うことです。
そのため、長く話しているのに内容が薄い場合や、相手が聞く準備のない時に言葉を重ねる場合に、この故事成語がよく当てはまります。言葉の値打ちは、数の多さではなく、時機と中身によって決まることを教えています。
「蝦蟆は日夜鳴けども人之を聴かず」の使い方




「蝦蟆は日夜鳴けども人之を聴かず」の例文
- 会議で同じ不満を何度も繰り返すだけでは、蝦蟆は日夜鳴けども人之を聴かずになってしまう。
- 弟はゲームの自慢話を長く続けたが、内容が毎回同じなので、蝦蟆は日夜鳴けども人之を聴かずのように聞き流された。
- 発表で大切な根拠を示さずに話し続けても、蝦蟆は日夜鳴けども人之を聴かずで、聞き手の心には残らない。
- 店長への提案は、長く話すより要点をまとめなければ、蝦蟆は日夜鳴けども人之を聴かずになりかねない。
- 友人の忠告も、毎日同じ調子で言い続けるだけでは、蝦蟆は日夜鳴けども人之を聴かずと思われることがある。
- 文章を書くときも、余計な説明を重ねすぎると、蝦蟆は日夜鳴けども人之を聴かずのように、肝心な主張が伝わりにくくなる。
主な参考文献
・松村明監修、小学館大辞泉編集部編『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・円満字二郎編『故事成語を知る辞典』小学館、2018年。
・KADOKAWA『角川新字源 改訂新版』KADOKAWA、2017年。
・孫詒讓『墨子閒詁』。
・台湾教育部『成語典』2020年。
・K Dictionaries『GLOBAL Danish–English Dictionary』2025年。























