「百年河清を俟つ」の意味(出典・類義語)

【ことわざ】
百年河清を俟つ
【読み方】
ひゃくねんかせいをまつ
【意味】
いつも黄土で濁っている黄河の水が清く澄むのを待ち望んでいても不可能であることから、いくら望んでも実現しないことのたとえ。「俟つ」は「待つ」と同じ。

「百年河清を俟つ」は、濁った黄河の水が澄むのをいつまでも待つように、実現する見込みのないことを待ち続けるたとえなんだよ。

いくら待っても起こりそうにないことを表す言葉なんだニャ。黄河の濁った水にたとえているんだニャ。
【出典】
『春秋左氏伝』
【類義語】
河清を俟つ(かせいをまつ)
「百年河清を俟つ」の解説
カンタン!解説
「百年河清を俟つ」は、どんなに長い時間を待っても、望む結果が得られないということを表す言葉だね。特に、黄河が例に使われているのは、その川が歴史的にも豊富な泥沙を運んでおり、常に濁っていることから、実際にその水が澄みきることはほぼありえないとされているからなんだ。
この表現は、何かを強く望んでいても、それが現実には極めて実現困難である状況や、長期間待ち続けることによる無駄や虚しさを強調しているよ。例えば、根本的な解決が難しい問題に対して、改善を願っても無駄だと感じる時などに使われることがあるね。
「百年河清を俟つ」は、根気強く待つことの重要性を説く言葉ではなく、逆に現実を直視し、実現不可能な目標に執着するのをやめ、より現実的な解決策を探求するべきだという警告のメッセージを含んでいるんだ。だから、どれだけ時間が経っても望みが叶わないような状況に対して使うといいよ。
「百年河清を俟つ」の使い方

壊れた時計が自然に直るのを待っているんだ。

何もしなければ直らないかもしれないよ。

「百年河清を俟つ」のようなものかな。

修理できるか調べてみよう。
「百年河清を俟つ」の例文
- 誰も準備を始めないまま成功を期待するのは、百年河清を俟つに等しい。
- 百年河清を俟つは、実現する見込みのないことをいつまでも待つたとえだ。
- 何年も動かない計画を待ち続け、百年河清を俟つという言葉が浮かんだ。
- 百年河清を俟つを思い出し、待つだけでなく自分でできることを考えた。
- 濁った黄河の水のたとえから生まれた百年河清を俟つを授業で学んだ。
- 国が率先して指揮を執らなければ、民間に任せているだけでは、この事業は百年河清を俟つに等しい。




-298x300.png)
















