【ことわざ】
今際の念仏誰も唱える
【読み方】
いまわのねんぶつだれもとなえる
【意味】
ふだんは信心の薄い人でも、死に際や大きな危機に直面すると、神仏にすがろうとすること。


【英語】
・There are no atheists in foxholes(危機の中では神を信じない人も神に頼る)
【類義語】
・死にがけの念仏(しにがけのねんぶつ)
・苦しい時の神頼み(くるしいときのかみだのみ)
「今際の念仏誰も唱える」の語源・由来
「今際の念仏誰も唱える」は、「今際」と「念仏」という、死の場面と仏への祈りに関わる言葉を結びつけたことわざです。「今際」は、「今は限り」という意味からできた言葉で、今はこの世の限りだという時、すなわち死にぎわや臨終を指します。
「今は限り」は、ものごとの最後、また生涯の最後を表す古い言い方です。『伊勢物語』(10世紀前半成立、平安時代)には「今はかぎり」という形が出ており、のちに「今際」は死の時を表す言葉として定着していきました。
「今際」の古い用例は、『源氏物語』(1001〜1014年ごろ成立、平安時代中期、紫式部著)にも見られます。「故大納言いまはとなるまで」という形で、人物が死に近づく場面を表す言葉として使われています。
「念仏」は、仏の姿や徳を心に思い浮かべること、また仏の名を口に唱えることを指します。浄土教では阿弥陀仏を思い浮かべ、「南無阿弥陀仏」と唱えることを、特に念仏と呼びます。
死に臨む時に念仏を唱える考え方は、古くから仏教の臨終観と深く結びついていました。「臨終」は、死に臨むこと、死にぎわ、今際の際を意味し、『栄花物語』(1028〜1092年ごろ成立、平安時代)には「臨終念仏」という形も出てきます。
平安時代の浄土教では、死の時に心を乱さず、仏を念じて極楽往生を願うことが重く受けとめられました。「往生」は、仏教では現世を去って仏の浄土、とくに極楽浄土に生まれることを表します。
源信の『往生要集』(985年・平安時代中期、源信著)は、往生浄土の道を説いた仏教書で、日本の浄土教に大きな影響を与えました。この書物は、往生に関わる多くの経論の要文を集め、念仏の実践を重要なものとして示しています。
臨終の場で念仏を行う作法も、浄土教の中で整理されていきました。阿弥陀仏への帰依を旨とする浄土教では、往生浄土を願って臨終に念仏を行い、そばにいる人々も臨終者の往生を助けるため、念仏を勧める形が広まっていきました。
また、『平家物語』(13世紀前半成立、鎌倉時代)には、死にぎわに念仏を十度唱える「最後の十念」の例が出てきます。これは、死が迫る場面と念仏が結びついて語られていたことを示す古い用例です。
このような信仰上の背景をもとに、「今際の念仏誰も唱える」は、死に際にはだれもが念仏を唱え、神仏にすがるが、元気な時に信仰する人は少ない、という人間のあり方を表すことわざとして理解されるようになりました。
このことわざの「誰も」は、すべての人を厳密に数える言葉というより、死や大きな苦しみを前にすると、人はふだんの強がりを保ちにくい、という経験則を強めて表す言葉です。そこには、人間の弱さを笑うだけでなく、平常の心がけを忘れないようにという戒めも含まれています。
現在では、死に際そのものだけでなく、試験、病気、事故、仕事の失敗など、苦しい時になって初めて神仏や他人に助けを求める場面にも用いられます。近いことわざに「苦しい時の神頼み」があり、ふだんは神仏を信じない人が、苦境に陥った時だけ助けを求めることを表します。
つまり、「今際の念仏誰も唱える」は、最後の場面で念仏にすがる姿から、ふだんは信じない人でも、いざとなれば救いを求めるという人間の姿を表したことわざです。日ごろの心がけと、追いつめられてからの頼み方との違いを静かに考えさせる言葉です。
「今際の念仏誰も唱える」の使い方




「今際の念仏誰も唱える」の例文
- 健康な時は信仰を気にしなかった人が、大きな病を前に必死に手を合わせる姿に、今際の念仏誰も唱えるという言葉が浮かぶ。
- 試験勉強を怠っていた生徒が、当日の朝になって神社のお守りにすがるのは、今際の念仏誰も唱えるに近い。
- 危険な航海を前に、ふだんは神仏を語らない船員まで祈り始め、今際の念仏誰も唱えるという状況になった。
- 会社の危機が迫ってから急に神頼みをする経営者の姿は、今際の念仏誰も唱えるを思わせる。
- 事故に遭いかけた友人が、助かった後に毎日無事を祈るようになったのは、今際の念仏誰も唱えるを身近に示す出来事だった。
- 準備をせずに本番を迎え、直前になって成功だけを祈る態度は、今際の念仏誰も唱えると言われても仕方がない。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・松村明監修『デジタル大辞泉』小学館。
・現代言語研究会著『故事ことわざの辞典―日本語を使いさばく』あすとろ出版、2007年。
・浄土宗大辞典編纂委員会監修、浄土宗大辞典編纂実行委員会編集『新纂浄土宗大辞典』浄土宗、2016年。
・源信『往生要集』985年。
・紫式部『源氏物語』1001〜1014年ごろ。
・『栄花物語』1028〜1092年ごろ。
・『平家物語』13世紀前半ごろ。























