【故事成語】
一髪千鈞を引く
【読み方】
いっぱつせんきんをひく
【意味】
ひとすじの髪の毛で千鈞の重さのものを引くように、非常に危険なことをするたとえ。


【英語】
・court disaster(大きな災いを招く危険をおかす)
・hang by a thread(非常に危うい状態にある)
【類義語】
・危機一髪(ききいっぱつ)
・薄氷を踏む(はくひょうをふむ)
・累卵の危うき(るいらんのあやうき)
【対義語】
・石橋を叩いて渡る(いしばしをたたいてわたる)
「一髪千鈞を引く」の故事
「一髪千鈞を引く」の「一髪」は、ひとすじの髪の毛を表します。「千鈞」は重さを表す言葉で、「鈞」は目方の単位、一鈞は三十斤を指し、千鈞は三万斤、また、きわめて重いことのたとえとしても使われます。つまり、この表現は、切れやすい一本の髪の毛で、非常に重いものを引くという、成り立たないほど危険な姿をもとにしています。
もとになった文章は、唐の文学者・思想家である韓愈の「与孟尚書書」です。韓愈は768年から824年に生きた人物で、儒教、特に孟子を尊び、仏教や道教を批判し、柳宗元とともに古文復興運動に努めた人です。
この文章は、韓愈が仏教を信じるようになったといううわさに対して、自分の考えを述べた手紙です。冒頭では、自分が近ごろ仏教を信じるようになったという話は誤りであり、潮州にいたころ大顛という僧と会ったのも、その人と語る相手が少なかったためで、仏教の利益を求めたわけではない、という趣旨が述べられます。
続いて韓愈は、先王の道、つまり古くからの正しい教えがどのように受け継がれてきたかを論じます。文章の中では、尭から舜、禹、湯、文王・武王・周公、孔子、孟軻へと道が伝わり、孟軻の死後は十分に伝わらなくなった、という流れが示されます。ここで韓愈は、儒教の道がかろうじて保たれていることを、強い危機感をもって述べています。
その重要な箇所に、「其危如一髪引千鈞」とあります。やさしく言えば、「その危うさは、一本の髪の毛で千鈞の重さを引くようなものだ」という意味です。韓愈は、漢代以来の学者たちが失われた教えを少しずつ補ってきたものの、なお多くの傷や穴があり、仏教や道教が広がれば、正しい道がさらに失われてしまう、と訴えています。
このもとの文では、危ないのは人の命や荷物だけではなく、学問や道徳の伝統そのものです。細い髪の毛に千鈞の重みがかかれば、いつ切れてもおかしくありません。同じように、正しい教えがわずかな力で保たれているとき、そこにさらに強い力が加われば、たちまち断ち切られてしまう、という切迫した比喩になっています。
日本語では、この漢文の「一髪引千鈞」という骨組みを受けて、「一髪千鈞を引く」という形で用いられるようになりました。現在は、儒教を守る危機というもとの文脈を離れ、ひとつ間違えば大きな損害や失敗につながるような、非常に危険な行動や状態を表す故事成語として定着しています。
「一髪千鈞を引く」の使い方




「一髪千鈞を引く」の例文
- 暴風雨の中で無理に登山を続けるのは、一髪千鈞を引く行動だ。
- 十分な点検をしないまま古い橋を通行させるのは、一髪千鈞を引く判断と言える。
- 資金の見通しがないまま大きな事業を始めるのは、一髪千鈞を引くようなものだ。
- 相手の安全確認を待たずに実験装置を動かせば、一髪千鈞を引く事態になりかねない。
- 雪崩の危険がある斜面に入ることは、一髪千鈞を引く無謀な行いだ。
- 根拠のない情報だけで大切な契約を結ぶのは、一髪千鈞を引く危うい選択だ。
主な参考文献
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005〜2006年。
・松村明監修、小学館大辞泉編集部編『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・円満字二郎編『故事成語を知る辞典』小学館、2018年。
・韓愈『与孟尚書書』。
・韓愈『韓昌黎集』。























