【ことわざ】
今参り二十日
【読み方】
いままいりはつか
【意味】
奉公人などが、来たばかりの当時はまじめによく働くが、しばらくすると怠け出すことのたとえ。


【英語】
・A new broom sweeps clean(新任者は初めのうちはよく働く)
【類義語】
・今参り百日(いままいりひゃくにち)
・今参り三日(いままいりみっか)
「今参り二十日」の語源・由来
「今参り二十日」の「今参り」は、御所や大名家などに仕えはじめたばかりの人、つまり新参者を指す言葉です。古くは「今参」とも書かれ、新しく出仕した者、また新しく出仕することを表しました。
「今参り」という言葉は、平安時代の物語にも出てきます。『落窪物語』(10世紀後半成立、平安時代)には「今参り共十余人ばかり参りて、いと今めかしうをかし」という例があり、新しく参上した人々を指す言葉として使われています。
また、『平家物語』(13世紀前半成立、鎌倉時代)には「いままいりしたりける越後中太家光といふものあり」という例があります。ここでは、新しく仕えはじめたという動作として「今参り」が使われています。
このように、もとの「今参り」は、奉公や出仕の場に新しく加わること、またはその人を表す言葉でした。そこから、新しく来た者が最初だけよく働くという、奉公人をめぐる経験則を表すことわざへつながっていきます。
ことわざとしては、「今参り二十日」だけでなく、「今参り百日」「今参り三日」という形もあります。いずれも、新しく来た当座は忠実に働くものの、間もなく怠け出すことが多い、という意味を表します。
古い用例では、『史記抄』(1477年・室町時代中期、桃源瑞仙著)に「今まいり三日と云様にぞ」という形が出てきます。『史記抄』は、中国の史書『史記』を当時の口語で注釈した書物で、室町時代の言葉の姿を伝える資料としても知られています。
この「今まいり三日」は、「二十日」より短い「三日」を用いた形です。数は違っても、来たばかりの人のまじめさが長続きしないという見方は共通しています。
江戸時代後期の『諺苑』(1797年、太田全斎編)には、「今参(イママイリ)二十日(ハツカ)、婦と姑も七十五日と同意なり」という形が出てきます。ここでは、今参りは二十日であるという言い方が、しばらくすると新しさが薄れるという発想の中で扱われています。
「二十日」「百日」「三日」という数は、厳密な日数を数えるためのものではありません。新しく来たばかりの緊張や熱心さは、時間がたつにつれて弱まりやすいということを、覚えやすい日数の形で言い表したものです。
このことわざには、奉公人だけを責める意味ではなく、人は新しい環境では張り切っても、慣れると気がゆるみやすいという戒めも含まれています。現在では、仕事、係、習い事、部活動などで、最初だけ熱心に取り組み、あとで手を抜くような場面にも用いることができます。
つまり、「今参り二十日」は、新しさによる一時の熱心さをほめる言葉ではなく、それが長続きしないことを皮肉ることわざです。初めのまじめさを保ち続けることの大切さを、古い奉公の場面から今にも伝えています。
「今参り二十日」の使い方




「今参り二十日」の例文
- 新入部員は入部直後だけ朝練に早く来たが、一か月後には遅刻が増え、今参り二十日と言われた。
- 新しい係になったばかりのころは教室の窓を丁寧に閉めていたのに、最近は確認を忘れるようになり、今参り二十日の状態になった。
- 入社直後は誰よりも早く書類を整えていた社員が、慣れるにつれて雑になり、今参り二十日を思わせた。
- 弟は飼い始めた金魚の世話を最初だけ熱心にしていたが、すぐ母に任せるようになり、今参り二十日そのものだった。
- 委員会の仕事を引き受けた当初は毎日記録をつけていたが、二週間ほどで空欄が目立ち、今参り二十日になってしまった。
- 新しい勉強計画も、最初の数日だけで終わらせては今参り二十日なので、無理なく続ける工夫が必要だ。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005〜2006年。
・松村明監修『デジタル大辞泉』小学館。
・太田全斎『諺苑』1797年。
・桃源瑞仙『史記抄』1477年。























