【故事成語】
倚門の望
【読み方】
いもんのぼう
【意味】
外出した子の帰りを、母が家の門に寄りかかって待ちわびること。転じて、子を心配して待つ母親の深い愛情のたとえ。


【英語】
・maternal love(母親の愛情)
・an anxious wait(心配しながら待つこと)
【類義語】
・倚閭の望(いりょのぼう)
・倚門の情(いもんのじょう)
・倚門倚閭(いもんいりょ)
「倚門の望」の故事
「倚門の望」の「倚門」は、門に寄りかかること、また門口に立って帰りを待つことを表します。「望」は、遠くを見やりながら待ち望むことにつながり、この故事成語では、母が子の帰りを思う心を表しています。
もとになった話は、中国の古典『戦国策』(前漢末、劉向編)に出てきます。『戦国策』は、戦国時代に諸国を遊説した人々の策謀や言説を、国別に集めた書物です。
この故事は、『戦国策』の「斉策」に収められています。斉の閔王の所在が分からなくなったとき、王に仕えていた王孫賈に、その母が厳しく言葉をかける場面です。
王孫賈は、十五歳で閔王に仕えていました。ところが、王が逃げ出して行方が分からなくなったにもかかわらず、王孫賈は王の居場所を知らないまま家に帰ってきます。
そのとき母は、子が朝に出かけて夜遅く帰るときは、自分は門に寄りかかって帰りを待つ、と語ります。また、夕方に出かけて帰らないときは、村の門である「閭」に寄りかかって待つ、とも語ります。
原文には、「女朝出而晚來、則吾倚門而望」という一節があります。これは、おまえが朝出て晩に帰るとき、私は門に寄りかかって待ち望む、という意味です。
母は、親が子をそれほど心配するのに、主君に仕える者が、主君の行方を知らないまま帰ってきてよいのかと、王孫賈を戒めます。ここでは、母の愛情が、ただ子を甘やかすものではなく、子に責任ある行動を促す力として描かれています。
この言葉を聞いた王孫賈は、市中に入り、淖歯が斉を乱し閔王を殺したと呼びかけます。人々が集まり、王孫賈はその者たちとともに淖歯を討った、と話が続きます。
この故事の中心は、王孫賈の行動だけではありません。門に寄りかかって子を待つ母の姿が、子を案じる親の心を強く表しているため、「倚門の望」は、外出した子の帰りを待ちわびる母の情をいう言葉として定着しました。
近い形に「倚閭の望」があります。「閭」は村里の門を指し、家の門に寄る「倚門」と、里の門に寄る「倚閭」とが、ともに帰りを待つ母の姿を表します。
日本語では、「倚門の望」のほか、「倚門の情」という形も用いられます。どちらも、母親が子どもの帰りを心配し、門に寄りかかって待つ情景をもとにしています。
古い日本での用例として、『遠思楼詩鈔』(1837〜1849年)に「遙思白髪倚門情、宦学三年業未成」と出てきます。これは、遠く離れた身が、白髪の母の倚門の情を思う、という趣旨で、学問や勤めのために家を離れた子が、母の思いをしのぶ文脈です。
このように、「倚門の望」は、中国古典の一場面から生まれ、日本語の中でも母の深い愛情を表す故事成語として用いられてきました。門に寄りかかるという静かな姿に、子を待つ切実な心がこめられているところに、この言葉の味わいがあります。
「倚門の望」の使い方




「倚門の望」の例文
- 母は遠方の大学へ進んだ息子からの連絡を待ち、倚門の望の思いで毎日を過ごした。
- 夜遅くまで帰らない娘を案じる母の姿には、倚門の望という言葉がよく当てはまる。
- 戦地に向かった子の無事を祈る母の手紙には、倚門の望の情がにじんでいた。
- 祖母は孫の帰省の日になると、玄関先を何度ものぞき、倚門の望の心で待っていた。
- 親元を離れて働く若者は、故郷に残る母の倚門の望を思い、こまめに便りを送った。
- 倚門の望は、子の帰りをただ待つだけでなく、無事を願い続ける母の愛情を表す。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・小学館国語辞典編集部編『デジタル大辞泉』小学館。
・円満字二郎編『故事成語を知る辞典』小学館、2018年。
・劉向編『戦国策』前漢。
・平凡社編『改訂新版 世界大百科事典』平凡社。























