【ことわざ】
薬人を殺さず、医師人を殺す
【読み方】
くすりひとをころさず、くすしひとをころす
【意味】
物そのものに罪があるのではなく、それを扱う人の判断や使い方に責任があるということ。物は使い方によって、役にも立てば害にもなるというたとえ。


【類義語】
・物は使いよう(ものはつかいよう)
「薬人を殺さず、医師人を殺す」の語源・由来
「薬人を殺さず、医師人を殺す」は、病気を治すための薬も、扱う人の知識や判断が誤っていれば、かえって人を害するという考えから生まれたことわざです。「医師」は、ここでは「いし」ではなく「くすし」と読み、医者を表す古い言い方として用いられています。一般には、「薬師」と書く形も広く使われます。
古い用例の一つは、『慶長見聞集(けいちょうけんもんしゅう)』(1614年・江戸時代初期、三浦浄心著)の巻八「寿庵はやり医師の事」に出てきます。この書物は、江戸の町で見聞きした出来事や、人々の暮らしを記した随筆です。
この章には、寿庵という評判の医者が登場します。寿庵は患者の脈を取り、病気になる前のことや現在の痛み、これから起こることまで言い当てたため、人々から「生きた薬師」のように信頼されていました。しかし、寿庵は文字をようやく書ける程度で、医学をきちんと学んでいなかったと記されています。
そこで本文は、医者が人の生死を引き受ける仕事であることの重さを説きます。病気の原因を見分けられない者が薬を与えるのは、さいころ任せの賭け事にも等しく、寒さから起こる病気と熱から起こる病気を取り違えれば、薬を飲まない場合よりも悪くなりかねないと戒めています。
その流れの中で、「薬(くすり)人を殺さず、いしや人をころすと古人もいへり」と記されています。薬そのものが人を害するのではなく、医学の知識をもたずに薬を使う者が人を害するのだという意味です。さらに、未熟な医者は薬を毒に変え、優れた医者は毒さえ薬として用いると続き、薬の働きが、それを使う人の力量によって変わることを強く示しています。
『慶長見聞集』がこの言葉を「古人もいへり」と紹介していることから、1614年より前から、すでに人々の間で言い伝えられていたことが分かります。ただし、それ以前の特定の人物や、一つの出来事から生まれたという由来は伝わっていません。医療についての長い経験から形づくられた戒めとして、受け継がれてきた言葉です。
その後、『毛吹草(けふきぐさ)』(1638年・江戸時代前期、松江重頼編)には、「薬師は人を殺せど薬人を殺さず」という、前後を入れ替えた形が収められました。「薬人を殺さず、薬師人を殺す」と「薬師は人を殺せど薬人を殺さず」は、言葉の順序は異なりますが、どちらも、責任は薬ではなく、それを扱う医者にあると説いています。
古い用例では「いしや」、後の形では「薬師」、現在の表記では「医師」と書くことがあります。このように、表記や語順を変えながら、医療だけでなく、道具・技術・制度などを扱う人の判断と責任を戒めることわざとして定着しました。
「薬人を殺さず、医師人を殺す」の使い方




「薬人を殺さず、医師人を殺す」の例文
- 誤った薬の使い方で事故が起きたとき、祖父は薬人を殺さず、医師人を殺すという戒めを口にした。
- 便利な機械でも、扱いを誤れば危険になるのだから、薬人を殺さず、医師人を殺すという言葉を忘れてはならない。
- 情報が漏れた原因をソフトだけに求めるのは、薬人を殺さず、医師人を殺すという教えに反する。
- 薬人を殺さず、医師人を殺すのだから、新しい技術を導入する前に使う人への教育が必要だ。
- 実験器具を乱暴に扱って壊した生徒に、先生は薬人を殺さず、医師人を殺すと注意した。
- 高性能な道具ほど正しい知識が欠かせないことを、薬人を殺さず、医師人を殺すということわざが教えている。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・小学館大辞泉編集部編、松村明監修『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・三浦浄心『慶長見聞集』1614年。
・松江重頼編『毛吹草』1638年。























