「端倪すべからず」の意味(出典・語源由来)
【ことわざ】
端倪すべからず
【読み方】
たんげいすべからず
【意味】
物事の成り行きを推測することができないこと。物事の規模や人物が、計り知れない、推しはかることができないほど大きい。
初めて見る山の頂ったら、どんな風景が広がってるかは登ってみんとわからへんし、水辺についたら、水の底に何があるかもわからへんな。結果を急ぐんじゃなくて、一歩一歩確かに進むのが大切なんやな。
「韓愈」‐送高閑上人序
事の始めも終わりも見通すことができない意から。
「端倪すべからず」の解説
「端倪すべからず」っていう表現はね、物事の始まりと終わり、つまり全体の流れがまだはっきりわからないときに使うんだよ。「端」は山の頂、つまり始まりのことで、「倪」は水のほとり、つまり終わりのことを指しているんだ。
例えばね、新しく始めたプロジェクトや試みがあるとするね。それが始まったばかりで、どうなるかまだわからない時、その時にこの言葉を使うんだ。「まだ結果が出ていないから、成功するか失敗するかはこれから見ていくしかないよ」っていう意味だよ。
このことわざは、物事の結果を急いで判断しないこと、時間をかけて結果を待つことの大切さを教えてくれているんだよ。だから、新しいことを始めたときには、このことわざを思い出して、焦らずに自分のペースで進めていくことが大切だよってことを教えてくれているんだね。
「端倪すべからず」の使い方
「端倪すべからず」の例文
- 様々なことが絡みあい、端倪すべからず状況だ。
- 端倪すべからずものがあるので、ここは静観する。
- 先行き不透明で、端倪すべからずといった感じだから油断ならない。
- みんなは愚鈍と思っているようだが、彼は、端倪すべからず才能を秘めている。
- 彼の心情は彼にしか分からない。端倪すべからずものがある。
「端倪すべからず」の文学作品などの用例
だいたいにおいて、極点の華麗さには妙な悲しみがつきまとうものだが、秀吉の足跡にもそのようなものがあり、しかも端倪すべからざるところがある。(坂口安吾の堕落論より)