【故事成語】
有無相通ず
【読み方】
うむあいつうず
【意味】
一方にあって他方にないものを、互いに融通し合って、双方がうまくいくようにすること。


【英語】
・to help each other(互いに助け合う)
・to complement each other(互いに補い合う)
【類義語】
・相互扶助(そうごふじょ)
・互助(ごじょ)
・相身互い(あいみたがい)
【対義語】
・無い袖は振れぬ(ないそではふれぬ)
「有無相通ず」の故事
「有無相通ず」は、古い中国の政治・経済の考え方と深く結びついた故事成語です。「有無」は、あることとないこと、また、ある物とない物を表します。「相通ず」は、互いに通じ合う、または互いに行き来させるという意味をもつ表現です。
この表現の根にあるのは、一方に余っている物と、もう一方に足りない物とを行き来させるという考えです。単に物を分けるだけでなく、互いの不足を補い合うことで、双方に利益が生まれるという見方が含まれています。
中国古典の『管子』「小匡」には、商人について述べる中で、「以其所有,易其所無,買賤鬻貴」とあります。これは、自分が持っている物で自分にない物と取り替え、安く買って高く売る、という意味です。
この一節では、商人が各地をめぐり、土地によって多い物と少ない物、値の高い物と安い物を見分ける姿が述べられています。ある土地に余る物を、別の土地で不足している物と取り替えることで、物が動き、人々の暮らしが整っていくという考え方です。
『史記』(前漢、前91年ごろ完成、司馬遷著)は、中国最初の正史とされ、黄帝から前漢の武帝までを紀伝体で記した歴史書です。その「越王勾践世家」には、越王勾践に仕えた范蠡が、越を去った後、商人として成功する話が出てきます。
范蠡は、越王勾践を助けて呉を破った後、高い名声の下に長くいることを避け、越を離れます。斉に行って名を変え、さらに陶という土地に移り、そこで陶朱公と名のるようになりました。
『史記』には、范蠡が陶を「天下の中央であり、交易して有無を通じる道が通る所」と考え、そこで生業を営めば富を得られると見たことが記されています。ここでいう「交易有無」は、ある物とない物とを取引によって行き来させるという、現在の「有無相通ず」に近い考えを示しています。
日本語の古い用例としては、『史記抄』(1477年・室町時代中期、桃源瑞仙著)に「有無を通して山の者は海の物を買い、海人は山の物を買ふ」とあります。山に住む者は海の産物を買い、海人は山の産物を買うという例によって、地域ごとの不足を互いに補う働きが分かりやすく表されています。
この用例では、「有無相通ず」という固定した形よりも、「有無を通す」という動きが前に出ています。やがて、この考えが「有無相通ずる」「有無相通ず」という形でまとまり、互いに足りないものを融通し合うという意味で使われるようになりました。
近代には、渋沢栄一の『論語と算盤』(1916年、梶山彬編)にも、「有無相通」が経済の原則として述べられています。そこでは、土地や国によって産物が異なるため、それぞれに適した物を作り、足りない物を買うことが、経済の発展につながるという文脈で使われています。
このように、「有無相通ず」は、商売や交易の言葉であると同時に、互いの不足を補う生活の知恵でもあります。自分だけですべてを満たそうとするのではなく、あるものを出し合い、ないものを補い合うところに、この故事成語の大切な意味があります。
「有無相通ず」の使い方




「有無相通ず」の例文
- 地域の店どうしが品物を分け合い、有無相通ずの形で急な注文に応じた。
- 農家と漁師が互いの産物を交換する暮らしには、有無相通ずの考えが生きている。
- 友人どうしで得意な教科を教え合えば、有無相通ずによって学習が進む。
- 災害のあと、近所の人々は水や食料を分け合い、有無相通ずの精神で支え合った。
- 会社の部署どうしが人手と情報を融通し、有無相通ずによって仕事を乗り切った。
- 国と国との貿易は、互いに必要な物を補い合う有無相通ずの働きをもつ。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・松村明監修、小学館大辞泉編集部編『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・司馬遷『史記』前91年ごろ。
・『管子』。
・桃源瑞仙『史記抄』1477年。
・渋沢栄一述、梶山彬編『論語と算盤』東亜堂書房、1916年。























