【故事成語】
一朝の怒りに其の身を忘る
【読み方】
いっちょうのいかりにそのみをわする
【意味】
一時の怒りのために冷静さを失い、前後を忘れて自分の身を滅ぼすことになるという戒め。


【英語】
・Anger is a brief madness(怒りは一時の狂気)
・in a fit of anger(怒りにかられて、かっとなって)
【類義語】
・一朝の怒りに一生を過つ(いっちょうのいかりにいっしょうをあやまつ)
・短気は損気(たんきはそんき)
・怒りは敵と思え(いかりはてきとおもえ)
【対義語】
・堪忍は一生の宝(かんにんはいっしょうのたから)
「一朝の怒りに其の身を忘る」の故事
一朝の怒りに其の身を忘るは、『論語(ろんご)』「顔淵(がんえん)」に出てくる孔子の言葉に由来します。『論語』は、孔子没後に、孔子と門人たちの言行記録を儒家の一派が編集した中国の思想書で、全二十編から成ります。
もとの場面では、弟子の樊遅(はんち)が孔子に、徳を高めること、心の悪いところを直すこと、迷いを見分けることについて尋ねます。孔子はその問いをよい問いだと受け止めたうえで、自分の悪い点を責め、人の悪い点を責めないことなどを述べ、最後に怒りについて戒めます。
原文には「一朝之忿、忘其身、以及其親、非惑與」とあります。これは、一時の怒りで自分の身を忘れ、その災いを親にまで及ぼすのは、迷いではないか、という意味です。ここでの「親」は、単に自分の感情だけで終わらず、家族にも迷惑や災いが及ぶことを示しています。
「一朝」は、ひと朝という字面をもっていますが、この故事成語では長い時間ではなく、わずかな間、一時という意味で働きます。つまり、ほんの一瞬の怒りで冷静さをなくし、その後の人生や周囲との関係まで傷つける危うさを述べているのです。
原文では「怒り」に当たる部分を「忿」と書きます。「忿」は、むっとした腹立ちや激しい怒りを表す字で、現在の日本語では「怒り」と書く形が分かりやすく用いられます。そのため、古い漢文の形では「一朝之忿」と表され、日本語の見出しでは「一朝の怒りに其の身を忘る」と表す形が定着しています。
日本語の古い用例としては、室町末から近世初めごろの幸若舞曲『本能寺』に、「いってうのいかりに其身をわすれ、そのしんにをよぼす」とあります。これは、『論語』の一節を受けて、一時の怒りが自分の身を忘れさせ、親にまで害を及ぼすという意味を、物語の文脈の中で用いたものです。
この故事成語は、怒ることそのものをすべて否定する言葉ではありません。問題にしているのは、怒りに支配されて、あとで取り返しのつかない行動をしてしまうことです。怒りが強いときほど、自分の立場、家族や友人への影響、後に残る結果を考える必要がある、という教えが込められています。
現在では、けんか、暴言、短気な判断、勢いだけの行動を戒める場面で使われます。一瞬の怒りにまかせると、自分の信用や人間関係まで損なうことがあるため、まず心を落ち着けてから行動する大切さを伝える故事成語です。
「一朝の怒りに其の身を忘る」の使い方




「一朝の怒りに其の身を忘る」の例文
- 友人の一言に腹を立てても、一朝の怒りに其の身を忘ることのないよう、すぐに言い返すのをこらえた。
- 審判への不満から乱暴な態度を取れば、一朝の怒りに其の身を忘る結果になりかねない。
- 店員への怒りにまかせて大声を出すのは、一朝の怒りに其の身を忘る行いである。
- 会議で批判されても、一朝の怒りに其の身を忘ることを避け、相手の意見を最後まで聞いた。
- 兄は一朝の怒りに其の身を忘るまいと、けんかになりそうな場面で部屋を出て心を落ち着けた。
- 政治家の失言は、一朝の怒りに其の身を忘ることの危うさを示す例として語られた。
主な参考文献
・松村明監修『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2006年。
・円満字二郎編『故事成語を知る辞典』小学館、2018年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・『論語』。
・『幸若舞曲 本能寺』室町末〜近世初。























