【故事成語】
往時渺茫として都て夢に似たり
【読み方】
おうじびょうぼうとしてすべてゆめににたり
【意味】
過ぎ去った昔のことは、遠くかすかでとりとめもなく、すべて夢のように思われるということ。


【英語】
・The past seems dreamlike(過去が夢のように思われる)
【類義語】
・往事渺茫(おうじびょうぼう)
・浮生夢の如し(ふせいゆめのごとし)
「往時渺茫として都て夢に似たり」の故事
「往時渺茫として都て夢に似たり」は、唐の詩人、白居易の詩句「往事渺茫都似夢」にもとづく故事成語です。漢詩本文では「往事」と書かれ、「往事」は過ぎ去った事柄、「渺茫」は遠くかすかではっきりしないさまを表します。
白居易は、772年から846年に生きた唐代の詩人で、日本では白楽天の名でもよく知られています。その詩文を集めた『白氏文集(はくしもんじゅう)』は、平安時代の日本でも広く読まれました。
この句は、白居易が友人の元稹(げんしん)に贈った七言の長い詩に出てきます。元稹は字を微之(びし)といい、白居易と親しく交わり、二人は「元白」と並び称されました。
詩の題には、元和十年三月三十日に微之と灃上で別れ、元和十四年三月十一日の夜に峡中で再会し、夷陵に舟をとめて三晩をともに過ごしてから別れた、とあります。言い尽くせない思いを詩に託し、後年に語り合うための手がかりとして作ったことも、題に記されています。
詩の前半では、春の終わりに友を見送り、長い年月を経て、峡中の月夜に思いがけず再会したことが述べられます。五年ぶりに顔を合わせ、三晩を同じ舟の近くで過ごし、日暮れから夜明けまで語っても話が尽きなかったという流れです。
その後に、「往事渺茫都似夢,舊遊流落半歸泉」と続きます。昔のことは遠くぼんやりとして、すべて夢のようであり、かつての友人たちの多くは落ちぶれたり、半ばは泉下、つまり死者の世界へ帰ったりした、という深い嘆きを表しています。
ここでいう「夢」は、ただ楽しい夢ではありません。かつて確かにあった交友、若い日の時間、長い別離、亡くなった友人への思いが、年月の隔たりの中で、現実とも夢ともつかないほど遠く感じられる、という意味を担っています。
日本では、この句が『和漢朗詠集(わかんろうえいしゅう)』の「懐旧」の部に収められました。『和漢朗詠集』は、平安時代中期、藤原公任撰の詩歌集で、朗詠にふさわしい漢詩文の秀句と和歌を集めたものです。
『和漢朗詠集』では、「往事眇茫として都て夢に似たり、旧遊零落して半ば泉に帰す」という訓読の形で伝わります。「渺茫」と「眇茫」は表記が異なりますが、どちらも遠くかすかで、はっきりしないさまを表す語として読まれます。
「旧遊」の項目にも、「往事眇茫として都て夢に似たり、旧遊零落して半ば泉に帰す〈白居易〉」という形が古い用例として出てきます。ここでの「旧遊」は、以前ともに遊んだ友だちを指し、白居易の句が懐かしい友や過ぎた歳月を思う文脈で受け取られてきたことが分かります。
現在の日本語では、「往時渺茫として都て夢に似たり」という形で、過ぎ去った昔を振り返ると、すべてが遠くかすみ、夢のように思われるという意味に用いられます。白居易の友との再会と別れの詩から出た言葉が、時の流れと記憶のはかなさを表す故事成語として伝わっているのです。
「往時渺茫として都て夢に似たり」の使い方




「往時渺茫として都て夢に似たり」の例文
- 廃校になった母校を訪ねると、往時渺茫として都て夢に似たりという思いが胸にこみ上げた。
- 幼いころに暮らした町の面影はほとんどなく、往時渺茫として都て夢に似たりと感じた。
- 古い写真に写る友人たちを眺めていると、往時渺茫として都て夢に似たりという言葉が浮かんだ。
- 長い年月を経て同窓会に出席し、青春の日々は往時渺茫として都て夢に似たりだと思った。
- 祖父は戦後間もないころの暮らしを語りながら、往時渺茫として都て夢に似たりとつぶやいた。
- かつて栄えた商店街の静かな通りを歩くと、往時渺茫として都て夢に似たりという感慨を覚える。
主な参考文献
・小学館国語辞典編集部編『デジタル大辞泉』小学館。
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005〜2006年。
・公益財団法人日本漢字能力検定協会『漢字ペディア』。
・藤原公任撰『和漢朗詠集』1013年ごろ。
・白居易『白氏文集』。
・彭定求等編『全唐詩』1705年。























