【故事成語】
鬼を一車に載す
【読み方】
おにをいっしゃにのす
【意味】
鬼を同じ車に乗せるように、非常に恐ろしく危険な状態に身を置くことのたとえ。


【英語】
・be in grave danger(非常に危険な状態にある)
【類義語】
・風前の灯火(ふうぜんのともしび)
【対義語】
・枕を高くして寝る(まくらをたかくしてねる)
「鬼を一車に載す」の故事
「鬼を一車に載す」のもとになった表現は、中国の古典『易経(えききょう)』にあります。『易経』は『周易(しゅうえき)』とも呼ばれ、古代中国の周の時代に形づくられた占いの書であり、後には、人や社会の変化を説く重要な古典として、五経の一つに数えられました。
この表現は、六十四卦(ろくじゅうしか)の第三十八番に当たる「睽(けい)」の、最上段の爻辞(こうじ)に出てきます。「睽」は、人どうしの心が背き合い、互いを信じられなくなっている状態を表す卦です。
その爻辞には、「睽孤、見豕負塗、載鬼一車、先張之弧、後説之弧、匪寇婚媾、往遇雨則吉」とあります。孤立した人物が、泥を背負った豚を見たかと思うと、一台の車いっぱいに鬼が乗っているかのような、異様な光景を目にするという場面です。
その人物は、近づいてくる者を敵だと思い、初めは弓を張って身構えます。しかし、やがて相手が略奪に来た敵ではなく、婚姻を結ぼうとする仲間だと分かり、張った弓を緩めます。雨が降れば互いの心が和らぎ、多くの疑いが消えて吉となる、と続きます。
つまり、原典の「載鬼一車」は、本当に鬼が車に乗って現れたという話ではありません。相手への疑いが深まりすぎたため、近づいてくる一行が、鬼を満載した車のように恐ろしく見えたことを表しています。
唐代の孔穎達(くようだつ)らがまとめ、653年に公に定められた『周易正義(しゅうえきせいぎ)』では、この箇所を、鬼のような怪しいものが車に満ちた、きわめて異様な光景として解いています。さらに、危害を加えられるのではないかと恐れて弓を構えたものの、疑いが解けると弓を下ろし、最後には心が通じ合うという流れを示しています。
日本では、この表現が『太平記(たいへいき)』(1368〜1375年ごろ成立・南北朝時代、作者未詳)巻第十八に用いられています。そこには、「只鬼を一車に載せて、……是には過じ」とあり、鬼と一つの車に乗る恐ろしさでさえ、目の前の恐怖には及ばないという意味で使われています。
中国の原文では、「載鬼一車」と、動詞を先に置く形でした。それが日本語では、『太平記』の「鬼を一車に載せて」のように語順を改めた形で受け入れられ、やがて「鬼を一車に載す」という定まった言い方になりました。
原典全体では、恐ろしい疑いが最後に解け、互いが和合するところまで描かれています。しかし、言葉として取り出された「鬼を一車に載す」は、鬼と狭い車に同乗するという強烈な場面に重きが置かれ、非常に恐ろしく危険な状態を表す故事成語として用いられるようになりました。
「鬼を一車に載す」の使い方




「鬼を一車に載す」の例文
- 暴風警報が出ている海へ小舟で漕ぎ出すのは、鬼を一車に載すようなものだ。
- 崩落する恐れのある坑道へ安全確認なしで入る行為は、鬼を一車に載すに等しい。
- 正体の知れない武装集団に家族の護衛を任せるなど、鬼を一車に載すも同然だ。
- 詐欺を繰り返した人物に会社の全資金を預ける計画は、鬼を一車に載すほど危険だった。
- 重大な欠陥が判明した飛行機をそのまま飛ばすのは、鬼を一車に載すにほかならない。
- 避難命令を無視して噴火口の近くにとどまることは、鬼を一車に載すような危険な選択だ。
主な参考文献
・高田真治・後藤基巳訳『易経 上・下』岩波書店、1969年。
・『周易』周代成立。
・孔穎達ほか『周易正義』653年。
・『太平記』1368〜1375年ごろ成立。























