【ことわざ】
一合取っても武士は武士
【読み方】
いちごうとってもぶしはぶし
【意味】
どんなにわずかな禄でも、武士には武士としての誇りと本分があるということ。転じて、立場や待遇が小さくても、自分の役目にふさわしい誇りを失わないこと。


【英語】
・Poor but proud(貧しくても誇りを保つ)
・Even a small stipend does not make a samurai less a samurai(わずかな禄でも武士は武士である)
【類義語】
・武士は食わねど高楊枝(ぶしはくわねどたかようじ)
・鷹は死すとも穂はつまず(たかはしすともほはつまず)
【対義語】
・貧すれば鈍する(ひんすればどんする)
「一合取っても武士は武士」の語源・由来
「一合取っても武士は武士」は、中国の古い故事に由来する故事成語ではなく、日本の武士社会の身分意識を背景にもつことわざです。「一合」は、容積の単位で一升の十分の一を表し、このことわざでは、きわめて少ない禄を受けることのたとえとして使われています。
「禄」は、主君から家臣に与えられる給料や生活のよりどころにあたるものです。このことわざの芯には、禄がどれほど少なくても、武士には武士として守るべき本分と誇りがある、という考えがあります。
古い用例として、『敵討襤褸錦(かたきうちつづれのにしき)』(1736年・江戸時代中期、文耕堂・三好松洛合作)の中に、「一合取っても武士は武士、互に心耻合ひて」と出てきます。ここでは、武士の身分や誇りを互いに意識し合う場面で、このことわざの形が使われています。
『敵討襤褸錦』は、人形浄瑠璃の時代物で、元文元年(一七三六)に大坂の竹本座で初演されました。文耕堂と三好松洛の合作で、もとは歌舞伎の「非人仇討」を改作したものです。
この作品では、備後藩中の春藤次郎右衛門・新七の兄弟が、父の敵を討つために流浪し、ついには非人小屋に身を寄せながら本懐を遂げるまでが描かれます。身を落としても、父の敵を討とうとする武士としての思いを捨てない筋立ては、「たとえ低い境遇にあっても本分は失わない」というこのことわざの意味と深く響き合います。
また、「非人仇討物」は、落ちぶれた主人公が苦心の末に敵討を果たす筋を中心にした浄瑠璃・歌舞伎脚本の一系統です。病気や手傷で弱った体をかばいながらも、悪人に立ち向かう場面が大きな見どころになりました。
このような作品世界では、見た目の貧しさや境遇の低さと、内に保つ誇りとの対比が強く表れます。「一合取っても武士は武士」は、まさにその対比を短く言い表すことわざとして定着したと考えられます。
近い発想をもつことわざに、「武士は食わねど高楊枝」があります。これは、武士は貧しくて食べるものに困っても、十分食べたふりをして楊枝を使うという意味から、貧しくても体面や気位を重んじることを表します。古くは「侍は」の形もありましたが、江戸中期以降には「武士は」の形がよく使われるようになったと考えられます。
ただし、現代でこのことわざを使うときは、昔の身分の上下をそのまま肯定する意味で使うのではありません。小さな役目、少ない報酬、目立たない立場であっても、自分の務めを大切にし、誇りをもって行う姿勢を表すことわざとして受け取るのが自然です。
「一合取っても武士は武士」の使い方




「一合取っても武士は武士」の例文
- 一合取っても武士は武士というように、少ない報酬でも職人は道具の手入れを怠らなかった。
- 小さな劇団の役者であっても、一合取っても武士は武士の心で舞台に立つ。
- 一合取っても武士は武士だから、臨時の係でも名札や記録をきちんと整えるべきだ。
- 新人の編集者は、一合取っても武士は武士と考え、短い記事にも責任を持って向き合った。
- 地域の小さな大会でも、一合取っても武士は武士の思いで審判は公平な判断をした。
- 一合取っても武士は武士という言葉どおり、父は小さな店でも商売人としての信用を大切にした。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・平凡社編『改訂新版 世界大百科事典』平凡社、2007年。
・小学館『日本大百科全書』小学館、1994年。
・文耕堂・三好松洛『敵討襤褸錦』1736年。























