【ことわざ】
色男金と力はなかりけり
【読み方】
いろおとこかねとちからはなかりけり
【意味】
女に好かれるような美男子には、とかく金と腕力がないという意味。色男を少しからかっていう言葉。


【英語】
・Handsome men have neither money nor power(色男には金も力もないものだ)
【類義語】
・天は二物を与えず(てんはにぶつをあたえず)
「色男金と力はなかりけり」の語源・由来
「色男金と力はなかりけり」は、言葉の形から見ると、色男を少しおかしく眺めた川柳風の言い方です。「色男」は女性に好かれるような美男子を指し、「金と力」は財力と腕力を表します。つまり、外見はよくても、金銭面や力強さまでは備わっていないものだという、からかいの表現です。
この言葉は、「いろおとこ/かねとちからは/なかりけり」と区切ると、五・七・五の形になります。川柳は五・七・五の十七音を基本とし、ユーモアや風刺、言葉遊びを含む短い詩として江戸時代に流行しました。このことわざも、その川柳らしい軽妙さを備えています。
古い用例として重要なのは、『情競傾城嵩(いきじくらべけいせいがたけ)』(1826年・江戸時代後期、坂東秀佳作、五街遊人調布代作、歌川国安画)です。この作品は合巻(ごうかん:江戸時代の絵入り読み物)で、文政9年に刊行されました。
その後編には、「誠や彼の川柳点に云ふ如く、色男金子と力は無かりけり」という形の用例が出てきます。「金子」は金銭の意味で、ここでは「金」と同じ内容を表します。
この用例で大切なのは、作者がこの言葉を「川柳点に云ふ如く」として引いている点です。すでに川柳として知られていた言い回しを、物語の人物にあてはめて使っていることが分かります。
『情競傾城嵩』では、恋にかかわる人物のありさまを評する場面で、この言葉が使われています。色男である人物を、恋には恵まれても、金や力には恵まれない者として軽くからかう働きをしています。
ただし、もとの川柳がどのような付句に対して作られたのか、また、どのように選ばれたのかまでは、はっきり伝わっていません。古い川柳そのものの出どころは分からない部分を残しながらも、江戸後期には人々に知られる表現になっていたといえます。
その後、幕末ごろの『国字分類諺語』にも「色男金と力はなかりけり」が記されます。この段階では、単なる一句としてだけでなく、人々の間で通じることわざとして扱われるようになっていたことが分かります。
明治時代には、河竹黙阿弥作の歌舞伎『天衣紛上野初花(くもにまごううえののはつはな)』(1881年・明治14年、東京新富座初演)にも、この言葉を踏まえた台詞が出てきます。この作品は、河内山宗俊(こうちやまそうしゅん)や片岡直次郎(かたおかなおじろう)を描く世話物です。
その台詞では、「譬に申す色男、金と力のなさそうな働きのない直次郎」という形で、色男である直次郎を評しています。「譬」は、ここでは人々の間で通じるたとえ、すなわちことわざを指す言い方です。
このように、「色男金と力はなかりけり」は、川柳の形をもつ言葉として現れ、やがてことわざとしても使われるようになりました。五・七・五の調子のよさと、色男をひねって眺めるおかしみが、人々の記憶に残りやすかったのです。
現在の意味も、この流れを受けついでいます。美男子をただほめるのではなく、金や力には欠けるものだと軽く落として言うため、ほめ言葉ではなく、からかいや負け惜しみを含むことわざとして理解するのがふさわしい表現です。
「色男金と力はなかりけり」の使い方




「色男金と力はなかりけり」の例文
- 人気者の先輩は見た目こそ目立つが、遠足の荷物運びも会費の立て替えも苦手で、まさに色男金と力はなかりけり。
- 舞台で王子役を務めた彼は注目を集めたが、片付けでは重い背景を持てず、色男金と力はなかりけりと言われた。
- 友人は端正な顔立ちでよく話題になるが、財布を忘れ、腕相撲にも負けて、色男金と力はなかりけりを思わせた。
- 店の若い看板役は女性客に人気だったが、仕入れの計算も荷運びも不得意で、色男金と力はなかりけりという評判が立った。
- 写真では頼もしく見えた兄は、引っ越しの日に重い本棚を持てず、貯金も少なく、色男金と力はなかりけりそのものだった。
- 彼は文化祭の宣伝係としては目を引いたが、予算管理と力仕事では役に立たず、色男金と力はなかりけりと苦笑された。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・佐竹秀雄・武田勝昭・伊藤高雄編、北村孝一監修『故事俗信ことわざ大辞典 第二版』小学館、2012年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・加藤定彦・外村展子共著『俚諺大成』青裳堂書店、1989年。
・坂東秀佳作、五街遊人調布代作、歌川国安画『情競傾城嵩』鶴屋喜右衛門、1826年。
・河竹黙阿弥作『天衣紛上野初花』1881年。























