【故事成語】
一を以て万を知る
【読み方】
いちをもってばんをしる
【意味】
一つの物事を手がかりにして、多くの物事や全体の道理を理解すること。「一を聞いて十を知る」と同じ意味をもつ。


【英語】
・A word to the wise is sufficient(賢い人には一言で十分)
【類義語】
・一を聞いて十を知る(いちをきいてじゅうをしる)
・一斑を見て全豹を知る(いっぱんをみてぜんぴょうをしる)
【対義語】
・一を知って二を知らず(いちをしってにをしらず)
「一を以て万を知る」の故事
この故事成語は、中国の戦国時代末の思想家である荀子(じゅんし)の思想を伝える『荀子』「非相」の一節にもとづきます。荀子は趙の人で、礼を重んじ、社会や政治を現実に即して考えた儒家の思想家として知られています。
「非相」は、人の顔つきや体つきだけで、その人の吉凶や価値を判断する考えを退ける内容をもつ篇です。冒頭では、姿形を見て人の運命を知ろうとする考えを取り上げ、それよりも、心や道を選び取る力を重く見るべきだと述べています。
その流れの中で、『荀子』は、人間が人間である理由を「辨」、つまり物事を区別し、道理を見分ける力に求めます。親子・男女・上下などの違いを正しく分け、その秩序を礼によって整えるところに、人間らしさがあると説いています。
「一を以て万を知る」は、この「道理を見分ける力」を説明する場面に出てきます。原文には「以近知遠、以一知萬、以微知明」とあり、近いことから遠いことを知り、一つのことから多くのことを知り、小さなきざしから明らかなことを知る、という意味を表しています。
この一節では、「一」は単なる一個の物ではなく、理解の出発点となる一つの手がかりを指します。「万」は、非常に多くの物事を表します。つまり、目の前の一つをよく見て、そこに通っている道理をつかめば、遠く離れたことや多くのことにも理解を広げられる、という考えです。
『荀子』では、この言葉の前に「欲知億萬、則審一二」とあります。多くのことを知りたければ、一つ二つのことを詳しく考えよ、という意味です。多くのことをただ集めるのではなく、少ない手がかりを丁寧に見きわめることが、深い理解へつながると述べているのです。
日本語としては、漢文の形を受けて、「以一知万」「一を以て万を知る」のように読まれました。古い用例として、1028年の『祈雨日記』には「以一察万」とあり、「知る」のかわりに「察す」を用いて、一つから多くを推し量る意味を示しています。
さらに、室町時代末期の『御伽草子』「二十四孝」には、「一をもって万を知るなれば」という形が出てきます。この段階では、漢文の言い方が日本語の文章の中に取り入れられ、一つの事柄から多くのことを推し量る表現として使われています。
現在では、「一を聞いて十を知る」とほぼ同じ意味で用いられます。ただし、「一を以て万を知る」は、『荀子』の文脈をふまえると、ただ物覚えが早いというだけでなく、一つの事柄の中にある道理をつかみ、それを多くの事柄へ広げて理解するという、落ち着いた意味合いをもつ表現です。
「一を以て万を知る」の使い方




「一を以て万を知る」の例文
- 兄は先生の短い助言から解き方の仕組みを理解し、一を以て万を知るように応用問題を解いた。
- 一を以て万を知る力があれば、同じ失敗を何度もくり返さずに次の工夫へ進める。
- 母は子どもの一言から学校での様子を察し、一を以て万を知るような細やかさを見せた。
- 会議で出た小さな数字の変化から全体の課題を読み取った部長は、一を以て万を知る人だ。
- 一を以て万を知るためには、少ない情報をあいまいに受け流さず、よく考える姿勢が必要だ。
- 友人は一つの練習の意味を理解すると他の競技にも生かし、一を以て万を知る成長を見せた。
主な参考文献
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005〜2006年。
・松村明監修『デジタル大辞泉』小学館。
・円満字二郎編『故事成語を知る辞典』小学館、2018年。
・金谷治訳注『荀子 上』岩波書店、1961年。
・『荀子』。























