【故事成語】
威あって猛からず
【読み方】
いあってたけからず
【意味】
威厳がありながら、内に温かみがあって荒々しくないこと。立派な人物、特に人を導く者の望ましい人柄をいう。


「威あって猛からず」の故事
「威あって猛からず」のもととなった言葉は、『論語(ろんご)』(中国・戦国時代に成立したとみられる、孔子と門人たちの言行を記した書物)に出てきます。原文は「威而不猛」で、日本語では「威ありて猛からず」または「威あって猛からず」と読み表されます。
『論語』「述而(じゅつじ)」の末尾には、「子温而厲、威而不猛、恭而安」とあります。これは、孔子がおだやかでありながら厳しく、威厳がありながら荒々しくなく、うやうやしくありながらゆったりとしていた、という意味です。
ここで大切なのは、孔子がただ怖くない人物だったということではありません。人を正す厳しさも、人が自然に敬う威厳も備えていましたが、それが乱暴さや、人を押さえつける態度とはならなかったというところに、この言葉の芯があります。
同じ『論語』の「堯曰(ぎょうえつ)」には、孔子が弟子の子張(しちょう)に、政治を行う者が尊ぶべき「五美(ごび)」を説く場面があります。その五つの美点の一つとして、孔子は再び「威而不猛」を挙げています。
子張がその意味をたずねると、孔子は、君子は衣冠を正し、まなざしを重々しく整え、人々がその姿を見て敬いおそれるようでありながら、荒々しくはない、と答えます。つまり、「威あって猛からず」は、孔子自身の人柄を表すだけでなく、人の上に立つ者が備えるべき態度としても語られているのです。
南宋(なんそう)の朱熹が著した『論語集注(ろんごしっちゅう)』は、「述而」の「厲」を「厳粛」の意味としてとらえ、孔子の姿には、温かさと厳しさ、威厳と荒々しさのなさ、礼正しさと安らかさが偏りなく備わっていたと述べています。この読み方によって、「威あって猛からず」は、強さと温かさが一つの人格の中で調和することを表す言葉として受け継がれてきました。
日本語の古い用例としては、室町時代中期の『文明本節用集』に「威ありて猛からず」の形が収められています。『文明本節用集』は、手紙や連歌などを書く際に、言葉の漢字表記を確かめるためにも用いられた、節用集の古い写本であり、この時代には『論語』の言い回しが日本語の表現として受け入れられていたことが分かります。
やがて、文語的な「威ありて猛からず」とともに、「威あって猛からず」の形も用いられるようになりました。今では、堂々として人から敬われる人物でありながら、むやみに威張ったり、力で相手を押さえたりしない人をたたえる言葉として使われています。
「威あって猛からず」の使い方




「威あって猛からず」の例文
- 校長先生は、威あって猛からずの人柄で、生徒たちから深く敬われている。
- その武将は、威あって猛からずの態度を崩さず、家臣の意見にも静かに耳を傾けた。
- 父は家族に対して厳しいところもあるが、威あって猛からずで、子どもを頭ごなしに叱らない。
- 部長は威あって猛からずの指導を貫き、部員の失敗を責めるより、次の改善策を考えさせた。
- 多くの職員は、威あって猛からずの新しい社長なら安心して意見を述べられると考えた。
- 人の上に立つ者には、威あって猛からずの品格が求められる。
主な参考文献
・集英社辞典編集部編『会話で使えることわざ辞典』集英社、1989年。
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2006年。
・松村明監修、小学館大辞泉編集部編『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・『論語』中国・戦国時代成立。
・朱熹『論語集注』南宋。
・『文明本節用集』室町時代中期。























