【故事成語】
麻の中の蓬
【読み方】
あさのなかのよもぎ
【意味】
善良な人と交わることで自然に感化を受け、よい人になることのたとえ。曲がりやすい蓬でも、まっすぐな麻の中で育てば曲がらずに伸びるという比喩に基づく。


【英語】
・Keep good men company, and you shall be of the number.(善人と交われば、その仲間になれる)
・Nurture beats nature.(生まれつきよりも育つ環境が人に強く働く)
【類義語】
・麻につるる蓬(あさにつるるよもぎ)
・朱に交われば赤くなる(しゅにまじわればあかくなる)
・水は方円の器に随う(みずはほうえんのうつわにしたがう)
【対義語】
・泥中の蓮(でいちゅうのはちす)
・涅すれども緇まず(でっすれどもくろまず)
「麻の中の蓬」の故事
この故事成語のもとには、中国の戦国時代の思想家である荀子(じゅんし)の思想があります。『荀子』は、戦国時代の思想書で、礼や学びによって人が身を正していくことを重んじる書物です。
『荀子』の「勧学(かんがく)」には、学問や環境が人を変えていくことを説く流れの中で、「蓬生麻中,不扶而直」という一節が出てきます。これは、蓬が麻の中に生えれば、支えを添えなくてもまっすぐになる、という意味です。
蓬は、枝ぶりが曲がりやすい草として考えられていました。一方、麻はすっとまっすぐに伸びる植物ですから、その中に交じって育つ蓬は、曲がって伸びる余地が少なく、自然にまっすぐ育つものとしてたとえられています。
この一節のすぐ近くには、白い砂も黒い土の中にあればともに黒くなる、というたとえも置かれています。よい環境はよい方向へ、悪い環境は悪い方向へ人を動かすという考えが、草や砂の変化を通して分かりやすく示されています。
また、「君子は住む場所を選び、交わる人を選ぶ」という趣旨の言葉も続きます。これは、悪い影響を避け、正しいものに近づくためには、自分の身を置く場所や友人を大切に選ぶべきだという教えにつながります。
日本では、鎌倉時代の説話集『十訓抄(じっきんしょう)』(1252年・建長4年成立)に、この表現が早くから見えます。『十訓抄』は、年少者の修養のために、朋友や思慮などの教訓を説話によって示した書物です。
『十訓抄』第五の「朋友を撰ぶべき事」では、「人は善友に会うことを願うべきだ」という趣旨のあとに、「麻の中の蓬は、ためざるに、おのづから直し」というたとえが出てきます。ここでは、蓬が麻の中で自然にまっすぐ育つように、心のよくない人でも立派な人々の中に交じれば、周囲をはばかりながら自然に正しくなる、と説明されています。
このように、日本語の「麻の中の蓬」は、単に植物の姿を述べる表現ではなく、よい友を選ぶことの大切さを説く言葉として受け入れられました。中国古典の短い比喩が、日本の教訓的な説話の中で、友人関係のあり方を教える言葉として読み直されていったのです。
同じ意味をもつ形として、「麻につるる蓬」という言い方も使われてきました。この形は、麻につられて蓬も曲がらずに育つという言い方で、よい人と交わると自然によい感化を受ける、という意味をより直接に表しています。
江戸時代初期の俳諧書『毛吹草(けふきぐさ)』(1645年・正保2年刊、松江重頼編)は、俳諧に用いる語や世話を集めた書物で、後の言葉の広がりを考えるうえで大切な資料です。この時代には、「麻につるる蓬」の形も、ことばの資料の中で扱われるほど定着していました。
さらに、浄瑠璃『苅萱桑門筑紫(かるかやどうしんつくしのいえづと)』(1735年・享保20年初演、並木宗輔・並木丈輔作)にも、「麻につるる蓬」の実例が見られます。舞台文学の中でも使われたことから、この表現が教訓の言葉としてだけでなく、人物の育ちや身持ちを語る言葉としても広がっていたことが分かります。
現在の「麻の中の蓬」は、こうした流れを受けて、よい人やよい環境に交わることで、人が自然によい方向へ導かれるという意味で用いられます。もとの故事は、環境に流される弱さだけを言うのではなく、よい環境を選ぶことが人を育てるという、前向きな教えとして生きています。
「麻の中の蓬」の使い方




「麻の中の蓬」の例文
- 麻の中の蓬というように、落ち着いて学ぶ友人たちの中に入ってから、弟は宿題を先に済ませるようになった。
- 礼儀正しい先輩たちと活動するうちに、彼の言葉づかいも整い、まさに麻の中の蓬であった。
- 読書を大切にする家庭に通うようになって、友人は本を読む楽しさを知り、麻の中の蓬のように変わった。
- 新入社員は、時間を守る同僚に囲まれて働くうちに、麻の中の蓬で、自然と準備を早めるようになった。
- 合唱部の仲間が毎日声を合わせて練習するので、遅れがちだった生徒も麻の中の蓬のように集中力を身につけた。
- 麻の中の蓬を思えば、子どもがどのような友人や環境の中で過ごすかを軽く見てはならない。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・松村明監修『デジタル大辞泉』小学館。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・日本大辞典刊行会編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005〜2006年。
・荀況『荀子』。
・『十訓抄』1252年。
・松江重頼編『毛吹草』1645年。
・並木宗輔・並木丈輔『苅萱桑門筑紫』1735年。























