【故事成語】
禍福己による
【読み方】
かふくおのれによる
【意味】
災いも幸福も、単なる運だけで決まるのではなく、その人の心掛けや行いによって招かれるという教え。


【英語】
・You reap what you sow.(自分のまいた種に応じた結果を受ける)
【類義語】
・禍福門なし唯人の召く所(かふくもんなしただひとのまねくところ)
【対義語】
・運否天賦(うんぷてんぷ)
「禍福己による」の故事
「禍福己による」の「禍福」は、災いと幸福、不幸と幸運を表します。「己による」とは、それらが自分自身の心掛けや行いに関わるという意味です。
この考え方は、中国の古典『孟子(もうし)』(戦国時代、紀元前4世紀後半に活躍した孟子の言行を弟子が編纂)の「公孫丑(こうそんちゅう)上」に出てくる言葉と深く結び付いています。『孟子』は、仁義にもとづく政治や、人としての正しい生き方を説いた書物です。
この章で、孟子は、仁のある政治を行えば栄え、仁に背けば恥辱を受けると説きます。恥を嫌いながら仁に背いたままでいることは、湿気を嫌いながら低い土地に住み続けるようなものだと戒めています。
国が平穏なときには、徳を大切にし、立派な人物を尊び、能力のある者を役目に就けるべきです。それにもかかわらず、遊びにふけって政治を怠れば、それは自分から災いを求める行いになると、孟子は述べます。
その後に、「禍福無不自己求之者」とあります。書き下せば、「禍福は自己よりこれを求めざる者無し」となり、災いも幸福も、自分の行いによって招かれないものはないという意味です。
孟子は、この言葉に続けて、『詩経』の「自ら多福を求む」と『書経』の「天の作せる孽は、猶違くべし。自ら作せる孽は、活くべからず」という句を引いています。天から降りかかる災いには逃れる余地があっても、自分で招いた災いから逃れることは難しいという教えです。
ここで説かれているのは、世の中で起こるあらゆる出来事を一人の力で支配できるということではありません。少なくとも、自分の態度や行動から生じる結果については、運命だけのせいにせず、自らを省みなければならないという戒めです。
同じ考え方は、『春秋左氏伝(しゅんじゅうさしでん)』(戦国時代に成立したと伝えられる歴史書)の「襄公(じょうこう)二十三年」にも「禍福無門、唯人所召」と記されています。「禍福に決まった入口はなく、ただ人が自ら招く」という意味です。
この言葉が出てくるのは、紀元前550年ごろの魯(ろ)を舞台とする話です。季武子(きぶし)には正妻の生んだ男子がおらず、年長の公鉏(こうしょ)よりも、かわいがっていた年少の悼子(とうし)を跡継ぎにしようとしました。
跡継ぎになれなかった公鉏は、馬を管理する役目を与えられると腹を立て、家に閉じこもって仕事に出ようとしませんでした。その様子を見た閔子馬(びんしば)が、公鉏を諭しました。
閔子馬は、「禍福無門、唯人所召」と述べ、地位が低いことを嘆くより、父の命令を敬い、孝行を尽くすことが大切だと教えました。誠実に務めれば富を得ることもできるが、道に背けば大きな災いを招くとも語りました。
公鉏はその言葉を受け入れ、朝夕、まじめに仕え、与えられた役目を丁寧に果たしました。すると、季武子から信頼され、豊かになり、さらに重要な役目を任されるようになりました。
『孟子』の「禍福は自己より求む」という教えと、『春秋左氏伝』の「禍福は人が自ら招く」という言葉は、表現こそ異なりますが、どちらも幸不幸と人の行いとの関係を説いています。日本語の「禍福己による」は、その考え方を短く分かりやすい形にまとめた表現です。
「禍福己による」の使い方




「禍福己による」の例文
- 試合に負けた理由を運の悪さだけに求めず、禍福己によると考えて練習方法を見直した。
- 禍福己によるという教えを胸に、彼は毎日の仕事を誠実に続けた。
- 家族からの信頼を失った兄は、禍福己によると悟り、自分の振る舞いを改めた。
- 地域の人々との関係も禍福己によると考え、店主は丁寧な応対を心掛けた。
- 禍福己によるのだから、失敗を他人のせいにする前に、自分の準備を振り返るべきだ。
- 社長は禍福己によるという言葉を社員に示し、目先の利益より誠実な経営を重んじた。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・Diana Lea・Jennifer Bradbery編『Oxford Advanced Learner’s Dictionary, 10th Edition』Oxford University Press,2020.
・『孟子』戦国時代。
・『春秋左氏伝』戦国時代。























