【故事成語】
蝸牛角上の争い
【読み方】
かぎゅうかくじょうのあらそい
【意味】
小国同士が争うこと。転じて、狭い世界の中で、つまらないことにこだわって争うこと。


【英語】
・a tempest in a teapot.(取るに足りないことをめぐる大騒ぎ)
【類義語】
・蝸角の争い(かかくのあらそい)
・蛮触の争い(ばんしょくのあらそい)
「蝸牛角上の争い」の故事
「蝸牛角上の争い」は、中国・戦国時代の思想書『荘子(そうじ)』の雑篇(ざっぺん)「則陽(そくよう)」に出てくる寓話(ぐうわ)にもとづく故事成語です。『荘子』は全三十三篇から成り、荘周とその後学の文章を集めた書物です。
物語では、魏(ぎ)の王が、斉(せい)との約束を破られたことに腹を立て、相手を刺客に討たせようとします。これを聞いた家臣たちからは、大軍を起こして斉を攻めるべきだという意見や、長く保たれてきた平和を壊してはならないという意見が出ました。
さらに、戦うべきだという者も、戦ってはならないという者も、ともに国を乱す者だと論じる家臣が現れます。さまざまな意見を聞いた王は、どのように判断すればよいのか分からなくなりました。
そこで恵子(けいし)は、戴晋人(たいしんじん)という人物を王に会わせます。戴晋人は、すぐに戦争の是非を語るのではなく、まず王に「蝸というものをご存じですか」と尋ねました。ここでいう「蝸」は、カタツムリのことです。
王が知っていると答えると、戴晋人は奇妙な話を始めます。カタツムリの左の角には触氏(しょくし)という国があり、右の角には蛮氏(ばんし)という国があるというのです。
触氏と蛮氏は領地をめぐって戦い、数万もの死者を出しました。勝った軍勢は、敗れて逃げる者たちを十五日間も追い続けたのちに帰ったと、戴晋人は語ります。
王は、カタツムリの小さな角の上に国があり、数万人が戦うなどという話は作り話ではないかと疑いました。すると戴晋人は、この寓話を現実の世界に結びつけて説き始めます。
戴晋人は、天地の上下四方には果てがあるかと王に尋ねました。王が「果てはない」と答えると、その限りない世界から見れば、人間の暮らす国々は、存在するかどうかも分からないほど小さなものではないかと問いかけます。
さらに、その小さな世界の中に魏があり、魏の中に都の梁(りょう)があり、その梁の中に王がいるのだと、話を進めます。そして、その王と、カタツムリの角に住む蛮氏との間に、何か大きな違いがあるでしょうかと尋ねました。
王は、両者に違いはないと答えます。戴晋人が立ち去ったあと、王は何かを失ったようにぼう然とし、自分が重大だと思っていた争いも、広大な世界から見れば、カタツムリの角の上の戦いと変わらないことに気づかされました。
この寓話は、争いによって実際に多くの被害が出ることを軽く扱ったものではありません。争いの当事者が自分たちの立場だけにとらわれると、ごく狭い範囲の利益や面目を、世界全体に関わるほど重大なものだと思い込んでしまうことを戒めています。
『荘子』の原文には、現在の日本語と同じ「蝸牛角上の争い」という一続きの形は出てきません。原文では、カタツムリの左右の角にある二つの国が「地を争いて戦う」という形で物語が述べられています。
その後、唐の詩人・白居易は、『白氏文集(はくしもんじゅう)』に収められた「対酒(たいしゅ)其の二」で、「蝸牛角上爭何事」と詠みました。「カタツムリの角の上で、いったい何を争っているのか」という意味で、現在の言い方に近い形が、ここに現れています。
この句に続く「石火光中寄此身」は、火打ち石の火花のように短い時間の中に、人は身を置いているという意味です。白居易は、人の一生の短さと世界の広さを対照させ、つまらない争いに心を奪われる愚かさを詠んでいます。
日本では、藤原公任が編んだ『和漢朗詠集(わかんろうえいしゅう)』(1018年ごろ成立・平安時代中期)に、白居易の句が「蝸牛の角の上に何事をか争ふ」として収められました。この句は、「蝸牛の角の争い」に関わる日本での古い用例として伝わっています。
のちには、「蝸牛の角の争い」「蝸角の争い」のほか、二つの国名を取った「蛮触の争い」などの形も用いられました。どの形も、狭い世界の中で、取るに足りないことを大問題であるかのように争うという、同じ教えを表します。
明治42年に刊行された田山花袋の小説『田舎教師(いなかきょうし)』には、「世の中は蝸牛角上の争闘」という表現が出てきます。このころには、世間の狭い争いや人々の小さないさかいを批判する言い方として、広く理解される形になっていました。
現在の「蝸牛角上の争い」は、単に規模の小さな争いを指すだけではありません。自分たちのいる狭い範囲だけを見て、ささいな違いや利益に執着する姿を、より広い立場から戒める故事成語です。
「蝸牛角上の争い」の使い方




「蝸牛角上の争い」の例文
- 学級旗の文字を赤にするか青にするかで何日も言い争うのは、蝸牛角上の争いというものだ。
- 兄弟が広いソファの同じ席を奪い合う姿は、まるで蝸牛角上の争いだった。
- 二つの部署が小さな手柄を取り合ううちに、蝸牛角上の争いで大切な事業が遅れてしまった。
- 祭りの案内に載せる団体名の順番をめぐり、町内会同士が蝸牛角上の争いを続けている。
- 国全体の課題を忘れて役職の配分ばかり争う派閥を、新聞は蝸牛角上の争いと批判した。
- 広い世界から見れば、二つの小さな団体の対立も蝸牛角上の争いにすぎない。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・Merriam-Webster, “Tempest in a Teapot,” Merriam-Webster.com Dictionary.
・荘周ほか『荘子』戦国時代。
・白居易『白氏文集』唐代。
・藤原公任撰『和漢朗詠集』1018年ごろ。
・田山花袋『田舎教師』佐久良書房、1909年。























