【ことわざ】
家内喧嘩は貧乏の種蒔き
【読み方】
かないげんかはびんぼうのたねまき
【意味】
家庭内の不和や家族のけんかは、生活を乱し、貧乏になるもとになるという戒め。


【英語】
・A house divided against itself cannot stand.(内輪で争う家や組織は立ち行かない)
【類義語】
・夫婦喧嘩は貧乏の種蒔き(ふうふげんかはびんぼうのたねまき)
・家内の不和は貧乏神の定宿(かないのふわはびんぼうがみのじょうやど)
【対義語】
・家和して万事成る(いえわしてばんじなる)
「家内喧嘩は貧乏の種蒔き」の語源・由来
「家内喧嘩は貧乏の種蒔き」は、家族の不和を、貧しさを招く原因にたとえたことわざです。「家内」は家の中、または家族を表し、「喧嘩」は言い争いや争いを表します。
このことわざの要になるのは、「種蒔き」という比喩です。種を畑にまけば、あとで芽が出て育つように、小さな原因がのちに大きな結果を生む、という考え方が土台になっています。
「種を蒔く」は、実際に植物の種をまく意味だけでなく、物事の原因を作るという意味でも古くから用いられてきました。「種を蒔く」には「物事の原因をつくる」という意味があり、江戸時代前期の評判記にも、その比喩的な用例が出てきます。
また、「種蒔く」という形にも、物事の発生するもとを作る意味があります。室町時代後期ごろの謡曲『鞍馬天狗』には、「おん物笑ひの種蒔くや」という用例があり、笑われる原因を作るという比喩で使われています。
このように、「種」「蒔く」「種蒔き」は、もともとの農作業の言葉から、結果を生む原因を表す言い方へ広がりました。「貧乏の種蒔き」は、貧乏という困った結果を生む種を、自分たちでまいてしまうというたとえです。
「貧乏」は、財産や収入が少なく、生活が苦しいことを表す言葉です。語形としては、中世後期から近世初期にかけて「ヒンボク」「ビンボフ」「ビンボウ」などの形が用いられ、しだいに現在の「びんぼう」に近づいていきました。
このことわざは、家の中のけんかがすぐにお金をなくす、という単純な意味だけではありません。家族が言い争ってばかりいると、協力できず、仕事や家事、子どもの世話、生活の計画にも乱れが出やすくなるという戒めを含んでいます。
似た形に「夫婦喧嘩は貧乏の種蒔き」があります。こちらは夫婦の不和にしぼった言い方ですが、「家内喧嘩は貧乏の種蒔き」は、夫婦だけでなく家族全体の不和まで含めて考える言い方です。
さらに、「家内の不和は貧乏神の定宿」という類義のことわざもあります。貧乏神は、人や家に取りついて貧乏にさせるという神、また貧乏をもたらす人のたとえで、家庭の不和を貧しさと結びつける昔ながらの発想が表れています。
江戸時代後期から戦前期ごろまで広まった教訓的な戯文に、『心躰安樂丸』という一群があります。極楽から伝わった薬の広告に見立てて、人の心や暮らしの教えを述べる形式で、諸本の中には「家内喧嘩は貧乏の種まき」という形も出てきます。
この沿革から見ると、「家内喧嘩は貧乏の種蒔き」は、家庭の和を重んじる生活上の教訓として定着したことわざです。家族の争いを放っておくと、心の疲れだけでなく、暮らしの土台まで弱くなるという考えを、種蒔きのたとえで分かりやすく伝えています。
「家内喧嘩は貧乏の種蒔き」の使い方




「家内喧嘩は貧乏の種蒔き」の例文
- 家族が毎日のように言い争っていては、家内喧嘩は貧乏の種蒔きとなる。
- 家内喧嘩は貧乏の種蒔きというように、家庭の不和は生活の計画まで乱す。
- 兄弟げんかで物を壊してばかりいると、家内喧嘩は貧乏の種蒔きそのものだ。
- 家計を相談する場で感情的に争えば、家内喧嘩は貧乏の種蒔きになりかねない。
- 家内喧嘩は貧乏の種蒔きと考え、家族は不満をためずに話し合うことにした。
- 家庭の中で協力する気持ちを失えば、家内喧嘩は貧乏の種蒔きという結果を招く。
主な参考文献
・佐竹秀雄・武田勝昭・伊藤高雄編、北村孝一監修『故事俗信ことわざ大辞典 第二版』小学館、2012年。
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・松村明監修、小学館大辞泉編集部編『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・羽鳥佑亮「文献紹介〈伝来薬「心躰安樂丸」〉諸本」『國學院大學大学院紀要:文学研究科』第56輯、2025年。























