【ことわざ】
瓦も磨けば玉となる
【読み方】
かわらもみがけばたまとなる
【意味】
素質が十分でない人でも、努力を重ねればすぐれた人になれるというたとえ。


【英語】
・Practice makes perfect.(練習を重ねれば上達する)
【類義語】
・玉磨かざれば光なし(たまみがかざればひかりなし)
・継続は力なり(けいぞくはちからなり)
【対義語】
・瓦は磨いても玉にはならぬ(かわらはみがいてもたまにならぬ)
「瓦も磨けば玉となる」の語源・由来
「瓦」は、屋根をふくために用いる材料で、粘土を成形して焼いたものが中心に使われてきました。一方、「玉」は、美しい宝石や貴重な飾り石を指し、すぐれて尊いものという印象を伴う言葉です。
このことわざは、ありふれた瓦と貴い玉を対照させ、「磨く」という行為を努力や学びに重ねた表現です。初めは目立たないものでも、手をかけて磨けば価値あるものへ近づく、という考えを表しています。
この発想の奥には、古くからある「玉は磨いてこそ価値をもつ」という教えがあります。中国古典の『礼記』「学記」には、「玉不琢,不成器;人不學,不知道」とあり、玉も琢かなければ器にならず、人も学ばなければ道を知らない、という趣旨が述べられています。
ここでいう玉は、もともと価値のある素材です。それでも、磨き整える働きがなければ、立派な器にはならないと説くところに、学ぶことや努力することの大切さが示されています。
日本では、この考えが「玉磨かざれば光なし」という形でも広まりました。この言い方は、すぐれた素質があっても、学問や修養を積まなければ立派な人物にはなれない、という意味で用いられます。
『実語教(じつごきょう)』は、平安時代末期ごろに成立したと考えられる初歩の教科書で、作者ははっきりしていません。平安時代末期から明治時代初期まで長く用いられ、江戸時代には寺子屋でも広く学ばれました。
『実語教』には、「玉不磨無光 無光為石瓦」という一節が出てきます。これは、玉も磨かなければ光がなく、光のないものは石や瓦に等しい、という意味を述べたもので、人も学ばなければ知恵を得られないという教えにつながっています。
この一節では、玉と石瓦が、価値や輝きの差を示すために並べられています。玉であっても磨かなければ光を失い、瓦に近いものとして扱われるため、磨くことの大切さがいっそう分かりやすくなっています。
近世には、「玉磨かざれば宝とならず」のような言い方も用いられました。『可笑記』(1642年・江戸時代前期、仮名草子)に見える形は、玉を磨くことで価値が現れるという考えが、日本語の教訓として広く受け取られていたことを示しています。
「瓦も磨けば玉となる」は、こうした「玉を磨く」教えを、さらに前向きに言い換えたことわざです。もとの発想が「玉でも磨かなければ価値を発揮しない」なら、このことわざは「瓦のように見えるものでも、磨けば玉のようにすぐれたものになれる」と表します。
ただし、ここでいう「瓦」が本当に宝石へ変わるという意味ではありません。今は平凡に見える人や、まだ力が足りない人でも、努力を続ければすぐれた力を身につけられる、という人間の成長をたとえた言い方です。
そのため、このことわざは、才能の有無だけで人を決めつけず、努力によって伸びる可能性を見る言葉として使われます。古典にある「玉は磨いてこそ光る」という教えを背景にしながら、努力する人を励ます、明るい意味合いのことわざとして定着しています。
「瓦も磨けば玉となる」の使い方




「瓦も磨けば玉となる」の例文
- 瓦も磨けば玉となるというように、苦手だった計算も毎日の復習で少しずつ正確になった。
- 目立たなかった新入部員が地道な練習で大会に出場し、瓦も磨けば玉となることを仲間に示した。
- 母は、ピアノの練習を投げ出しそうな妹に、瓦も磨けば玉となると励ました。
- 入社したばかりのころは失敗の多かった彼も、先輩に学び続け、瓦も磨けば玉となる人材へ成長した。
- 先生は、今の成績だけで決めつけず、瓦も磨けば玉となるという気持ちで生徒を見守った。
- 才能だけで人を判断せず、瓦も磨けば玉となると信じて努力を続ける姿勢が大切だ。
主な参考文献
・公益財団法人日本漢字能力検定協会編『漢検 漢字辞典 第二版』日本漢字能力検定協会、2014年。
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・円満字二郎編『故事成語を知る辞典』小学館、2018年。
・小学館編『日本大百科全書』小学館、1984〜1994年。
・『礼記』。
・『実語教』。























