【ことわざ】
烏の行水
【読み方】
からすのぎょうずい
【意味】
入浴時間がとても短く、ゆっくり体を洗わずに、すぐ風呂から出てしまうことのたとえ。


【英語】
・a quick bath.(短時間の入浴)
【類義語】
・烏浴び(からすあび)
【対義語】
・長湯(ながゆ)
・長風呂(ながぶろ)
「烏の行水」の語源・由来
「烏の行水」は、烏が水浴びをする様子を、人の短い入浴に重ねた言い方です。ここでいう「行水(ぎょうずい)」は、湯や水で体を洗うことを表します。
「行水」という言葉には、神事や仏事の前に水で体を清める意味と、たらいに湯や水を入れて体を洗い流す意味があります。のちには、そこから、風呂にざっと入り、すぐに上がることを表す使い方も生まれました。
このことわざは、実際の烏の水浴び時間を厳密に説明する言葉ではありません。人の目に、烏の水浴びが短くあっさりしたものとして映ったことから、短い入浴のたとえになったと考えられます。
古い用例としては、『銭湯新話(せんとうしんわ)』(1754年・江戸時代中期、伊藤単朴作)に「烏の行水(キャウズイ)」の形が出てきます。この作品は談義本(だんぎぼん)で、近所の銭湯で聞いた話を書き留めたという形を取り、銭湯をめぐる江戸の世相を背景にしています。
この用例では、風呂からさっと上がる場面に「烏の行水」が使われています。つまり、江戸時代中期には、すでに「入浴を短くすませること」のたとえとして通じる言い方になっていました。
江戸時代後期の洒落本(しゃれぼん)『大抵御覧(たいていごらん)』(1779年、朱楽菅江作)にも、「烏のぎゃうずい」の形が出てきます。ここでは、温泉に少し入るだけでは効き目がない、という文脈で、短い入浴のたとえとして用いられています。
1781年には、『烏行水諺草(からすのぎょうずいことわざぐさ)』(江戸時代後期、市場通笑作・鳥居清長画)という黄表紙(きびょうし)も刊行されています。作品名に「烏行水」が入っていることから、この言い方が江戸の読者に分かる表現として広まっていたことがうかがえます。
また、『譬喩尽(たとえづくし)』(1786年序・江戸時代後期、松葉軒東井編)には、「鴉の行水(ギャウズヒ)」の形が出ます。『譬喩尽』は、ことわざや流行語、方言などを広く集めた、いろは順の辞典であり、「烏」だけでなく「鴉」の表記でもこの言い方が記録されています。
式亭三馬の滑稽本(こっけいぼん)『浮世風呂(うきよぶろ)』(1809〜1813年・江戸時代後期)にも、「烏の行水(ギャウズイ)」が出てきます。この作品は、銭湯に集まる江戸庶民の会話を通して、当時の生活を描いています。
同じ意味をもつ言い方として、「烏浴び(からすあび)」も江戸時代の用例に出てきます。さらに、寺門静軒の『江戸繁昌記』(1832〜1836年・江戸時代後期)には「鴉浴(あよく)」という漢語風の形も現れ、短い入浴を烏にたとえる発想が、表記を変えながら用いられていました。
このように、「烏の行水」は、烏の水浴びを短いものと見る身近なたとえから生まれ、江戸時代の銭湯文化や庶民の会話の中で広まりました。現在では、風呂やシャワーをすぐにすませる人を表す、日常的なことわざとして使われています。
「烏の行水」の使い方




「烏の行水」の例文
- 父の入浴は烏の行水で、家族が湯につかる前にもう出てくる。
- 弟は烏の行水だから、石けんでしっかり洗ったのかいつも心配になる。
- 温泉旅行に来ても、彼は烏の行水で、すぐに休憩室へ戻ってしまう。
- 祖父は昔から烏の行水で、長湯をする人の気持ちが分からないと言う。
- 試合のあと汗だくだったのに、健太は烏の行水で風呂をすませた。
- 忙しい朝とはいえ、烏の行水では体が温まらない。
主な参考文献
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005〜2006年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・Cambridge University Press『Cambridge Learner’s Dictionary』。
・伊藤単朴『銭湯新話』1754年。
・朱楽菅江『大抵御覧』1779年。
・市場通笑作、鳥居清長画『烏行水諺草』1781年。
・松葉軒東井編『譬喩尽』1786年序。
・式亭三馬『浮世風呂』1809〜1813年。























