【ことわざ】
賢い人には友がない
【読み方】
かしこいひとにはともがない
【意味】
利口すぎる人、すきのない人、打算的な人などは近寄りがたく、心を開いてつきあえる友人ができにくいというたとえ。


【類義語】
・水清ければ魚棲まず(みずきよければうおすまず)
「賢い人には友がない」の語源・由来
「賢い」は、頭の働きが鋭く、知能にすぐれていることを表します。また、抜け目がなく、要領がよいという意味でも使われます。
「賢い人には友がない」の「賢い人」は、ただ勉強ができる人や、物事をよく知っている人だけを指す言葉ではありません。人とのつきあいで損得を考えすぎたり、相手の欠点をすぐに見抜いたりして、周囲が近寄りにくくなる人も含んでいます。
このことわざは、賢さそのものを否定しているのではありません。人と交わるには、正しさや鋭さだけでなく、相手の未熟さを受け入れるやわらかさも必要だ、という教えを含んでいます。
この発想に近い古い言葉に、「水清ければ魚棲まず」があります。これは、あまりにも水が清らかすぎると魚が棲みにくいように、人も清廉すぎると、かえって人々から疎まれやすいというたとえです。
「水清ければ魚棲まず」のもとには、『大戴礼(だいたいれい)』(前漢、戴徳撰)に伝わる考えがあります。『大戴礼』は、漢代以前の礼についての説を集めた中国の経書です。
その一節には、「水の至清なれば則ち魚無く、人の至察なれば則ち徒無し」という趣旨の言葉が出てきます。水が清らかすぎれば魚が寄りつかず、人が鋭く見抜きすぎれば仲間がついてこない、という意味です。
ここでいう「徒」は、仲間や従う人を指します。つまり、物事をあまりにも細かく見抜き、欠点を許さない態度をとると、人は安心して近づけなくなるという考えです。
「賢い人には友がない」は、この古い発想を、日本語の日常的な言い方に近づけたことわざといえます。「至って察なれば徒無し」という硬い言い方よりも、「賢い人には友がない」と表すことで、友人関係の場面にそのまま当てはめやすくなっています。
また、似た形として、「人至りて賢ければ友なし」という言い方もあります。これは「水清ければ魚棲まず」の類として挙げられ、賢すぎる人には、打ち解けた友ができにくいという同じ方向の教えを表します。
近代以降にも、このことわざは人間関係を考える言葉として用いられてきました。河合隼雄『こころの処方箋』(1992年、新潮社刊)にも「賢い人には友がない」という章題があり、そこでは「賢い人」を、計算が早く、批判の目が鋭い人としてとらえています。
このことわざの要点は、賢さを捨てよということではありません。人と親しくつきあうには、相手をただ判定するだけでなく、失敗や弱さを受け止める余地を持つことが大切だ、というところにあります。
したがって、「賢い人には友がない」は、すぐれた知恵をもつ人への単純な批判ではなく、鋭さが行き過ぎると孤立につながるという、人づきあいの難しさを伝えることわざです。
「賢い人には友がない」の使い方




「賢い人には友がない」の例文
- 相手の考えをすぐ否定してばかりいると、賢い人には友がないという状態になりやすい。
- 彼は仕事がよくできるが、同僚を見下すため、賢い人には友がないと言われている。
- 正しい意見でも言い方が冷たければ、賢い人には友がないという結果を招く。
- 損得ばかり考えて友人づきあいをする兄を見て、母は賢い人には友がないとたしなめた。
- 学年一の成績を誇る彼女も、相手の失敗を許せず、賢い人には友がないという悩みを抱えていた。
- 賢い人には友がないということわざは、知恵だけでなく人への思いやりも大切だと教えている。
主な参考文献
・時田昌瑞『岩波ことわざ辞典』岩波書店、2000年。
・佐竹秀雄・武田勝昭・伊藤高雄編、北村孝一監修『故事俗信ことわざ大辞典 第二版』小学館、2012年。
・円満字二郎編『故事成語を知る辞典』小学館、2018年。
・戴徳撰『大戴礼』前漢。
・河合隼雄『こころの処方箋』新潮社、1992年。























