【故事成語】
河東の獅子吼
【読み方】
かとうのししく
【意味】
嫉妬深い妻や気性の強い妻が、夫に対して激しく小言をいうことのたとえ。妻の強い怒りや叱責を、獅子のほえる声にたとえた表現。


【英語】
・henpecking(配偶者にしつこく小言を言い、支配すること)
【類義語】
・恐妻(きょうさい)
【対義語】
・亭主関白(ていしゅかんぱく)
「河東の獅子吼」の故事
「河東の獅子吼」は、中国・北宋の詩人であり政治家でもあった蘇軾(そしょく)の詩に由来します。蘇軾は1036年に生まれ、1101年に没した、北宋を代表する文人で、東坡居士とも号しました。
もとになったのは、蘇軾の詩「寄呉徳仁兼簡陳季常」です。この詩は、宋神宗の元豊八年、1085年の作とされ、友人の呉徳仁に寄せるとともに、陳季常にも言葉を届ける形で作られました。
詩に出てくる陳季常は、陳慥(ちんそう)という人物です。字を季常といい、龍丘居士とも称し、仏法を好み、蘇軾の友人として知られていました。
蘇軾の「方山子伝」には、蘇軾が黄州に流されていた時期、岐亭で方山子に会い、それが旧友の陳慥季常であったと気づく場面があります。そこでは、若いころの陳慥が武芸や兵法に関心をもった人物として描かれ、後年は山中に隠れて暮らす姿が記されています。
陳季常は客を好み、友人たちと語り合うことが多かった人物として伝わります。一方で、その妻の柳氏は気性が激しく嫉妬深い女性として語られ、宴席や夜通しの語らいを快く思わなかったといいます。
蘇軾はその様子を、詩の中で「龍丘居士亦可憐,談空說有夜不眠。忽聞河東獅子吼,拄杖落手心茫然」と詠みました。これは、「龍丘居士は気の毒なものだ。空や有について夜も眠らず語っているが、ふと河東の獅子のほえる声を聞くと、杖が手から落ち、心もぼうぜんとしてしまう」という意味です。
ここでいう「河東」は、黄河の東側、現在の山西省南西部にあたる地域を指します。また、柳氏は河東の柳氏に関わる名門の姓と結びつけて受け取られ、蘇軾は「河東」という地名で陳季常の妻を暗に示しました。
「獅子吼」は、もとは仏教の言葉です。獅子がほえると多くの獣が恐れるように、仏の説法が力強く、外道や邪説を恐れ従わせることを表しました。
蘇軾の詩では、この仏教語が少ししゃれた形で使われています。仏法について夜通し語る陳季常が、妻の怒声を聞くと急におびえてしまうという対比によって、友人をからかう味わいが生まれています。
この表現は、後に「河東獅吼」として中国語の成語にもなりました。意味は、妻が激しく怒って夫に勢いよく言うこと、また妻の気性が強く夫が恐れることを表します。
後の用例としては、明代に刊行された話本集『清平山堂話本』の「快嘴李翠蓮記」に、「從來夫唱婦相隨,莫作河東獅子吼」という形が出てきます。ここでは、夫婦は互いに調和して従うものであり、「河東獅子吼」をしてはならないという文脈で使われています。
清代の小説『官場現形記』や『黑籍冤魂』にも「河東獅吼」の形が出てきます。これらの用例から、蘇軾の詩に出た表現が、妻の激しい怒りや夫の恐妻ぶりを表す言葉として広く用いられるようになったことが分かります。
日本語では、「河東の獅子吼」という形で、漢文由来の故事成語として使われます。ただし、現在の感覚では、妻だけを一方的に悪く言うように聞こえることもあるため、実際に使うときは、相手を傷つけない場面かどうかに注意が必要です。
「河東の獅子吼」の使い方




「河東の獅子吼」の例文
- 約束を忘れて帰りが遅くなった父は、母の河東の獅子吼を受けて深く反省した。
- 酒席からなかなか帰らない夫に対して、妻の河東の獅子吼が飛んだ。
- 彼は家では河東の獅子吼を恐れて、用事を忘れないよう手帳に細かく書いている。
- 河東の獅子吼という言葉には、強く叱る妻と、それにおびえる夫の姿が重ねられている。
- 友人は冗談めかして河東の獅子吼と言ったが、その場では少し古風で大げさな表現に聞こえた。
- 河東の獅子吼を使うときは、相手をからかいすぎないよう注意が必要だ。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・円満字二郎編『故事成語を知る辞典』小学館、2018年。
・白川静『字通』平凡社、1996年。
・蘇軾『蘇東坡全集』。
・蘇軾「寄呉徳仁兼簡陳季常」1085年。
・洪邁『容齋三筆』。
・中華民国教育部『成語典』。























