【故事成語】
口に蜜あり腹に剣あり
【読み方】
くちにみつありはらにけんあり
【意味】
口ではやさしいことや相手を喜ばせることを言いながら、心の中では相手を陥れたり傷つけたりしようと考えていること。


【英語】
・Many kiss the hand they wish to cut off.(切り落としたいと思う相手の手に口づけする者は多い)
【類義語】
・笑中に刀あり(しょうちゅうにとうあり)
・蛇心仏口(じゃしんぶっこう)
・真綿に針を包む(まわたにはりをつつむ)
「口に蜜あり腹に剣あり」の故事
「口に蜜あり腹に剣あり」は、口元に甘い蜜をたたえながら、腹の中には人を傷つける剣を隠しているという、対照的な姿を表しています。「口」は外に表れる言葉や態度を、「腹」は人には見せない本心を指します。蜜は耳に心地よい甘い言葉、剣は相手を陥れる悪意や計略のたとえです。
もとになった人物は、8世紀の唐で玄宗皇帝に仕えた宰相、李林甫(りりんぽ)です。李林甫は734年に宰相となり、皇帝の信任を得て、長く大きな権力を握りましたが、自分より才能や評判のある官僚をねたみ、さまざまな手段で政敵を退けた人物として伝わっています。
五代の王仁裕の名で伝わる『開元天宝遺事(かいげんてんぽういじ)』(10世紀ごろ)の「肉腰刀」には、李林甫が賢い者や有能な者をねたみ、皇帝に進言するときには、多くの人を罪に陥れたとあります。そのため、人々は李林甫を、柔らかそうな肉の中に刃物を隠した「肉腰刀」と呼びました。
さらに、同書には、李林甫が甘い言葉を使って相手から失言や過失を引き出し、それを皇帝の前で告げ口したとあります。人々は、その言葉を「甘言如蜜」、つまり蜜のように甘いと評し、宮廷では「李公雖面有笑容而肚中鑄劍也」と言い合いました。李林甫は、顔に笑みを浮かべていても、腹の中では人を害する剣を作っている、という意味です。
この二つのたとえを、現在に近い簡潔な形で記したのが、北宋の司馬光が1084年に完成させた歴史書『資治通鑑(しじつがん)』です。同書の巻二百十五には、李林甫が、自分より才能や功績のある者や、皇帝から厚く遇されて自分の地位を脅かしそうな者を、あらゆる方法で退けたとあります。
李林甫は、とりわけ学問のある官僚を嫌い、表面では親しくして甘い言葉をかけながら、陰ではその人物を罪に陥れました。その記述に続いて、「世謂李林甫『口有蜜,腹有劍。』」とあります。世間の人々は、李林甫を、口には蜜があり、腹には剣がある人物だと評した、という意味です。
ここでは、別々に語られていた「蜜のように甘い言葉」と「腹中の剣」という二つの比喩が、「口有蜜、腹有剣」という、左右の釣り合った形にまとめられています。この形から「口蜜腹剣(こうみつふくけん)」という四字の言い方も生まれ、日本語では、助詞を補った「口に蜜あり腹に剣あり」が広く用いられるようになりました。
日本語の古い用例には、仮名草子『虫の歌合』(1624~1644年頃か)にある、「はち こころにははりもちなからあふときはくちにみつあるきみそわびしき」という歌があります。「腹に剣」ではなく「心に針」と表していますが、心に人を刺す針を持ちながら、口では蜜のように甘い言葉を語るという、同じ発想を用いています。
『開元天宝遺事』には、寛永16年、すなわち1639年の和刻本もあり、この故事が江戸時代初期の日本で読まれていたことが分かります。その後も表現には多少の変化があり、織田作之助の『勧善懲悪』(昭和17年)では、「口に蜜ある者は腹に剣を蔵する」という形で使われています。
この故事成語は、単に口で言うことと本心が違うというだけではありません。相手を安心させる親切な言葉を意図的に使い、その陰で相手を陥れようとする深い悪意を表す言葉です。李林甫の甘い言葉と陰険な行いを、蜜と剣という鮮明な対比によって、今に伝えています。
「口に蜜あり腹に剣あり」の使い方




「口に蜜あり腹に剣あり」の例文
- 親しげに協力を申し出ながら、陰で計画を壊そうとする彼の態度は、口に蜜あり腹に剣ありそのものだった。
- 甘い言葉で契約を勧めながら、不利な条件を隠す業者には、口に蜜あり腹に剣ありという警戒が必要だ。
- 彼女は口に蜜あり腹に剣ありの人物を見抜き、軽々しく秘密を打ち明けなかった。
- 表向きは部下を褒めながら、裏では失敗の責任を押しつける上司を、皆は口に蜜あり腹に剣ありと評した。
- 友人を励ますふりをして失敗を望んでいたとは、まさに口に蜜あり腹に剣ありである。
- 口に蜜あり腹に剣ありの誘いに惑わされず、言葉と行動が一致しているかを確かめるべきだ。
主な参考文献
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』全3巻、小学館、2006年。
・円満字二郎編『故事成語を知る辞典』小学館、2018年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・王仁裕『開元天宝遺事』五代。
・司馬光『資治通鑑』1084年。
・『虫の歌合』1624~1644年頃。
・織田作之助『勧善懲悪』1942年。























