【故事成語】
屋漏に愧じず
【読み方】
おくろうにはじず
【意味】
人が見ていない所でも、恥ずべき行いをしないこと。


【英語】
・have a clear conscience(良心にやましいところがない)
【類義語】
・暗室を欺かず(あんしつをあざむかず)
・慎独(しんどく)
「屋漏に愧じず」の故事
「屋漏に愧じず」は、中国最古の詩集である『詩経(しきょう)』(周代の詩を収め、紀元前6世紀ごろまでに形を整えた詩集)の「大雅(たいが)・抑(よく)」に出てくる言葉です。『詩経』は、後に儒教の経典の一つとなり、人の生き方や政治のあり方を説く書物として長く読まれました。
「抑」は、人の立ち居振る舞い、言葉、政治、心の持ち方などを戒める長い詩です。その中に、「相在爾室、尚不愧于屋漏」とあります。書き下すと、「爾(なんじ)の室に在るを相(み)るに、尚(ねが)わくは屋漏に愧じざれ」となり、「自分の部屋にいるときにも、屋漏に対して恥じることのないようにせよ」という意味です。
「屋漏」は、屋根から雨が漏れることではありません。古代中国の住居で、室内の西北の隅にあたる、最も奥深く暗い場所を指します。そこは神をまつる場所とも考えられ、人目はなくても、神の前にいる場所として受け止められていました。
この詩句のあとには、「無曰不顕、莫予云覯」と続きます。「ここは明るい場所ではない、私を見ている者はいない、などと思ってはならない」という戒めです。さらに、神がいつ訪れるかは人には分からないのだから、ひそかな場所にいるときにも、敬う心を失ってはならないと説いています。
人前では礼儀正しく振る舞いながら、誰も見ていない所では行いを乱すのでは、真に徳のある人とはいえません。「屋漏に愧じず」は、人に知られるかどうかではなく、自分の心と神明に照らして、恥ずべきことをしないよう求めた言葉でした。
この一節は、儒教の古典『礼記(らいき)』の「中庸(ちゅうよう)」にも引用されています。「中庸」には、この詩句に続けて、「故君子不動而敬、不言而信」とあります。君子は、行動を起こす前から敬う心を持ち、言葉を発する前から誠実である、という意味です。
ここでは、正しい行いは人に見せるためのものではなく、人の目が届かない所でも守るべきものだと説いています。この考え方は、自分一人のときにも身を慎み、道に背かないようにする「慎独」という教えにつながりました。
日本語の古い用例としては、福沢諭吉の『文明論之概略(ぶんめいろんのがいりゃく)』(1875年・明治時代、福沢諭吉著)に、「一人の心の内に慊くして屋漏に愧ざるものなり」とあります。人からほめられるためではなく、自分の心の内に満足し、ひそかな場所でも恥じるところのない人について述べた一節です。
また、「愧じず」の「愧」は「はじる」という意味をもつ漢字で、「屋漏に恥じず」と書くこともあります。どちらの表記も、人目のない場所であっても、後ろめたい行いをしないという同じ教えを表します。
こうして「屋漏に愧じず」は、古代中国で神をまつった室内の奥深い場所を背景に、人に見られていなくても、心と行いを正しく保つことを表す故事成語になりました。見張る人がいなくても、自分の良心まで欺くことはできないという、誠実な生き方を教える言葉です。
「屋漏に愧じず」の使い方




「屋漏に愧じず」の例文
- 誰もいない教室でも落とし物を自分の物にせず、屋漏に愧じずの心で先生に届けた。
- 屋漏に愧じずを信条とする店主は、客のいない時間にも食品の衛生管理を怠らない。
- 父は子どもたちに、屋漏に愧じずの気持ちを持ち、陰でも正直に行動するよう教えた。
- 監督する者がいなくても規則を守る彼の姿勢は、まさに屋漏に愧じずである。
- 会社は屋漏に愧じずを経営の基本に掲げ、表に出ない記録も正確に残した。
- 人に知られない小さな善行を積み重ねる彼女は、屋漏に愧じずを日々実践している。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・円満字二郎編『故事成語を知る辞典』小学館、2018年。
・石川忠久著『新釈漢文大系 第112巻 詩経 下』明治書院、2000年。
・『詩経』「大雅・抑」。
・『礼記』「中庸」。
・福沢諭吉『文明論之概略』1875年。























