【故事成語】
魚の釜中に遊ぶが如し
【読み方】
うおのふちゅうにあそぶがごとし
【意味】
災いや危険が迫っているのに、それに気づかず、のんきにしていることのたとえ。魚がまもなく煮られる釜の中で泳いでいるようすにたとえる。


【英語】
・be in imminent danger(差し迫った危険にある)
・be on the brink of disaster(大きな災難の瀬戸際にある)
【類義語】
・釜中の魚(ふちゅうのうお)
・風前の灯火(ふうぜんのともしび)
・命は風前の灯の如し(いのちはふうぜんのともしびのごとし)
【対義語】
・安泰(あんたい)
「魚の釜中に遊ぶが如し」の故事
「魚の釜中に遊ぶが如し」は、中国の歴史書『後漢書(ごかんじょ)』にある張綱伝の話にもとづく故事成語です。『後漢書』は後漢一代を記した紀伝体の歴史書で、本紀十巻・列伝八十巻は南朝宋の范曄、志三十巻は晋の司馬彪によるものです。
もとの形にあたるのは、中国語の成語「魚遊釜中」です。「釜」は古代の調理器具で、現在の鉄鍋や銅鍋に近いものを指し、「魚遊釜中」は、魚が鍋の中で泳いでいることから、危険な場所にいて命が危うい状態を表します。
故事の舞台は、後漢の順帝の時代です。広陵では張嬰らが多くの人を率いて反乱を起こし、地方官を殺し、揚州・徐州のあたりで十余年にわたって乱を続けていました。
この反乱をおさめるため、張綱が広陵太守として派遣されました。ほかの役人は兵馬を求めましたが、張綱は大軍を連れず、わずかな供だけを連れて張嬰の陣営へ向かいました。
張綱は、張嬰らが怒って集まった理由に、前任の地方官たちの貪りや乱暴な政治があったことを認めました。そのうえで、朝廷は刑罰で押しつぶすだけでなく、文徳によって従わせようとしているのだと説き、今こそ災いを福に変える時だと語りました。
張嬰はその言葉を聞いて涙を流し、自分たちは訴える道もなく、苦しみに耐えかねて集まったのだと述べました。そして「若魚遊釜中,喘息須臾閒耳」と言いました。これは、釜の中で泳ぐ魚のように、ほんのわずかな命をつないでいるだけだ、という意味です。
この言葉では、魚はまだ泳いでいるため、一見すると無事に見えます。しかし、そこはすでに釜の中であり、火にかけられれば、すぐに煮られてしまう場所です。そこから、危険が目前に迫っているのに気づかず、のんきにしている状態のたとえになりました。
『資治通鑑』にも、この故事にあたる場面が出てきます。そこでは「若魚游釜中,知其不可久」とあり、釜の中で泳ぐ魚が長くはもたないことを知る、という形で、危うい命の状態がさらに分かりやすく記されています。
表記には、「魚の釜中に遊ぶが若し」という形もあります。「若し」は「如し」とも書き、どちらも「〜のようだ」という意味で使われます。
また、短く「釜中の魚」とも言います。この形では、まもなく煮られようとしている釜の中の魚という意味から、滅びる運命や死が目前に迫っているもののたとえとして用いられます。
この故事成語は、ただ危険な状態を言うだけではありません。本人がその危険を十分に分かっていない、または目先の安心にとらわれているところに、表現の重みがあります。だからこそ、先の危険を見通せない浅はかさや、目前の破滅に気づかない油断を戒める言葉として受け取られてきました。
「魚の釜中に遊ぶが如し」の使い方




「魚の釜中に遊ぶが如し」の例文
- 敵に退路をふさがれているのに気づかず宴を続ける兵たちは、魚の釜中に遊ぶが如しだった。
- 会社の資金繰りが破綻寸前なのに楽観している経営陣は、魚の釜中に遊ぶが如しであった。
- 台風で川が増水しているのに河原で遊ぶ子どもたちは、魚の釜中に遊ぶが如しと言える。
- 期限切れの食品を平気で売り続ける店は、信用を失う危険に気づかず、魚の釜中に遊ぶが如しだった。
- 相手の作戦にはまっていることに気づかず攻め続けるチームは、まさに魚の釜中に遊ぶが如しであった。
- 不正の証拠がそろっているのに安心している犯人は、魚の釜中に遊ぶが如しの状態にあった。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005〜2006年。
・松村明監修『デジタル大辞泉』小学館。
・円満字二郎編『故事成語を知る辞典』小学館、2018年。
・范曄撰『後漢書』南朝宋。
・司馬光編『資治通鑑』1084年。























