【故事成語】
器と名とは以て人に仮すべからず
【読み方】
うつわとなとはもってひとにかすべからず
【意味】
身分を表す器物や地位を表す称号は、君主が守るべき大切なもので、軽々しく人に与えたり貸したりしてはならないということ。


「器と名とは以て人に仮すべからず」の故事
この言葉は、『春秋左氏伝(しゅんじゅうさしでん)』成公二年に出てくる孔子の言葉にもとづきます。『春秋左氏伝』は『春秋』の注釈書で、魯の左丘明が著したと伝えられ、歴史的記事や説話、礼制について詳しく述べる古典です。
成公二年の話では、衛の孫桓子が斉との戦いで危うくなったとき、新築の人である仲叔于奚が助け、孫桓子は命を救われます。衛の人々はその功績に報いようとして、仲叔于奚に邑、つまり領地を与えようとしました。
ところが、仲叔于奚は領地を受けることを辞退し、かわりに「曲県」と「繁纓」を許してほしいと願いました。「曲県」は諸侯が用いる三面の楽器掛け、「繁纓」は馬につける腹帯やむながいを指し、どちらも身分や礼の秩序に関わる特別な器物でした。
衛はこの願いを許しましたが、孔子はそれを聞いて、惜しいことだと述べました。領地を多く与えるほうがよく、「唯器与名、不可以假人」、つまり「ただ器と名とは、人に仮すべきではない」と語ったのです。
ここでいう「器」は、ふつうの入れ物ではありません。古い注釈の流れでは、身分にふさわしい車や服を指し、「名」は爵号、つまりその人の地位を示す称号を指すものとして理解されてきました。
孔子はさらに、「名」は信を生み、信は器を守り、器は礼を保ち、礼は義を行い、義は利を生み、利は民を安らかにすると述べています。これは、称号や礼の器物が単なる飾りではなく、政治と社会の秩序を支えるものだという考えを示しています。
もし君主が「器」と「名」を軽く人に貸し与えれば、それは政治の根本を人に渡すことになります。孔子は、政治の根本が失われれば、国もそれに従って崩れ、止めることができなくなると警告しています。
この話は、後の『孔子家語』にも似た形で伝えられています。そこでは、子路が衛に仕えてその政治を見たあと孔子にたずね、孔子が「器と名」を人に貸してはならないと説く形で、同じ教えが語られています。
また、『史記』魯周公世家や『春秋左氏伝』昭公三十二年にも、「慎器与名、不可以假人」と近い形が出てきます。後の時代にも、君主や政治を担う者は、地位・称号・礼のしるしを慎重に扱うべきだという教えとして受け継がれました。
日本語では、漢文の「唯器与名、不可以假人」を訓読して、「器と名とは以て人に仮すべからず」という形で用います。「仮す」は、仮に与える、許すという意味をもつ言葉で、この故事成語では、重要な権限や身分のしるしを安易に人へ渡すことを戒めています。
この故事成語の核心は、名誉や肩書きそのものを重んじることではありません。地位や権限には責任が伴い、それを軽く扱えば、組織や社会の秩序まで乱れるという教えにあります。
「器と名とは以て人に仮すべからず」の使い方




「器と名とは以て人に仮すべからず」の例文
- 会長の名で約束をするなら、器と名とは以て人に仮すべからずの心がけが必要だ。
- 重要な役職を気軽に人へ任せるのは、器と名とは以て人に仮すべからずに反する。
- 器と名とは以て人に仮すべからずというように、肩書きには責任が伴う。
- 会社の代表印を安易に預けないのは、器と名とは以て人に仮すべからずという考えに近い。
- 委員長の権限を友人に任せきりにしてしまい、器と名とは以て人に仮すべからずの意味を思い知った。
- 器と名とは以て人に仮すべからずは、地位や権限を軽く扱う危うさを戒める故事成語である。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・白川静『字通 普及版』平凡社、2014年。
・『春秋左氏伝』。
・『孔子家語』。
・司馬遷『史記』前漢。























