【ことわざ】
内の米の飯より隣の麦飯
【読み方】
うちのこめのめしよりとなりのむぎめし
【意味】
自分のものより、他人のもののほうが何でもよく見え、うらやましく思われるということ。


【英語】
・The grass is always greener on the other side of the fence(隣の芝生は青く見える)
【類義語】
・隣の花は赤い(となりのはなはあかい)
・隣の糂粏味噌(となりのじんだみそ)
・内の飯より隣の雑炊(うちのめしよりとなりのぞうすい)
【対義語】
・隣の白飯より内の粟飯(となりのしろめしよりうちのあわめし)
「内の米の飯より隣の麦飯」の語源・由来
「内の米の飯より隣の麦飯」は、自分の家で食べる米の飯よりも、隣の家で食べる麦飯のほうがおいしく思える、というたとえから生まれたことわざです。ここでいう「内」は自分の家や自分が属するところを指し、「隣」は身近な他人の家を指します。
「米の飯」は、米を炊いた飯のことです。また、米の飯は「だれでも好むもの」や「飽きないもの」のたとえにも使われてきました。
「米の飯」の古い用例としては、『古今著聞集(ここんちょもんじゅう)』(1254年・鎌倉時代、橘成季編)に出る「米の飯」の例があります。この段階では、実際に米を炊いた飯を表す言葉として用いられています。
江戸時代後期の滑稽本『東海道中膝栗毛(とうかいどうちゅうひざくりげ)』(1802〜1809年刊、十返舎一九作)にも、「米の飯」の例が出てきます。日常の食事をめぐる言葉として、「米の飯」が人々の暮らしの中に深く入り込んでいたことが分かります。
一方、「麦飯」は、米に麦を加えて炊いた飯、または麦だけで炊いた飯を指します。麦飯は古くから食べられ、白米にオオムギを加えて炊く食べ方もありました。
麦飯は、現在では健康を考えた食事として見直されることもあります。しかし、昔の暮らしの中では、米を節約するための飯、または粗食のイメージと結びつくことがありました。
このことわざの面白さは、本来なら米の飯のほうが好ましいはずなのに、隣の家の麦飯のほうがおいしそうに思えてしまう点にあります。実際の価値よりも、「よそのもの」というだけでよく見える人間の心理を、食事の身近なたとえで表しています。
同じ発想をもつことわざに、「隣の花は赤い」や「隣の糂粏味噌」があります。どちらも、他人のものは何でもよく見えるという意味で、花や味噌など、暮らしに身近なものを比喩にしています。
「隣の花は赤い」は、古くは「よその花はよく見える」などと言い、「隣の花は赤い」の形が広まるのは明治以後とみられます。このように、他人のものをうらやむ気持ちは、花・味噌・飯など、さまざまな身近なものに置きかえて表されてきました。
「内の米の飯より隣の麦飯」は、その中でも食事を材料にした表現です。自分の手もとにある良さに気づかず、よそのものばかりをうらやましく思う心を、分かりやすく戒めることわざといえます。
「内の米の飯より隣の麦飯」の使い方




「内の米の飯より隣の麦飯」の例文
- 妹は自分の机を持っているのに、友人の小さな机をうらやみ、内の米の飯より隣の麦飯のようだった。
- 新しい自転車を買ってもらったばかりなのに、兄は友人の古い自転車をほしがり、内の米の飯より隣の麦飯だと言われた。
- 今の職場にもよい点は多いのに、別の会社ばかりよく見えるのは、内の米の飯より隣の麦飯かもしれない。
- 家の夕食に不満を言って友人の弁当をうらやむ姿は、まさに内の米の飯より隣の麦飯だった。
- 旅行先の写真だけを見て他人の暮らしをうらやむのは、内の米の飯より隣の麦飯になりやすい。
- 内の米の飯より隣の麦飯というように、人は自分の恵まれた環境にはなかなか気づかないものだ。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・松村明監修『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・小学館編『日本大百科全書』小学館、1984〜1994年。
・平凡社編『世界大百科事典』平凡社、1988年。
・橘成季編『古今著聞集』1254年。
・十返舎一九『東海道中膝栗毛』1802〜1809年。
・HarperCollins Publishers, Collins COBUILD Advanced Learner’s Dictionary.























