【ことわざ】
魚は鯛
【読み方】
うおはたい
【意味】
魚の中では鯛が最も上等であるように、その類の中でいちばん優れたもののたとえ。


【英語】
・the cream of the crop(同類の中で最もすぐれたもの)
【類義語】
・花は桜木、人は武士(はなはさくらぎ、ひとはぶし)
・選りすぐり(えりすぐり)
・粒選り(つぶより)
【対義語】
・団栗の背比べ(どんぐりのせいくらべ)
「魚は鯛」の語源・由来
「魚は鯛」は、魚の中でも鯛を最も上等なものと見る考えから生まれたことわざです。鯛は姿が美しく、味もよい魚として重んじられ、同じ種類の中でいちばん優れたものを表すたとえに用いられるようになりました。
「鯛」は、ふつうマダイを指すことが多く、日本料理では「魚の王」として扱われてきました。また、「めでたい」に通じることから、古くから祝いの料理にも用いられてきました。
このことわざの古い用例としては、近松門左衛門作の浄瑠璃(じょうるり)『堀川波鼓(ほりかわなみのつづみ)』(1706年ごろか・江戸時代前期)の中に、「きぬは紅梅、うをは鯛、いふも管鑓、人は武士」とあります。ここでは、衣なら紅梅、魚なら鯛、言うなら管鑓、人なら武士というように、それぞれの種類の中でよいものを並べています。
この用例で大切なのは、「うをは鯛」が単に魚の名を述べているのではなく、「魚の中で最もすぐれたものは鯛である」という評価の形で出てくる点です。現在の「その類の中でいちばん優れたもの」という意味は、このような並列の言い方から自然に読み取れます。
江戸時代には、鯛を上等な魚とする見方が、食文化の中でも強まっていきました。江戸の料理に関する説明では、鯛が魚の第一位となったのは江戸時代からで、それ以前は、京都が海から遠かったことや中国文化の影響もあり、鯉が高く扱われていたと述べられています。
江戸後期の俳文集『鶉衣(うずらごろも)』(前編1787年・江戸時代後期、横井也有の俳文を収載)にも、「人は武士、柱は檜の木、魚は鯛」という言い方が出てきます。ここでも、武士、檜、鯛をそれぞれの分野で代表的にすぐれたものとして並べています。
『鶉衣』は、横井也有の若年から晩年までの俳文を収めた俳文集で、前編は1787年、後編は1788年、続編・拾遺は1823年に刊行されました。このような俳文の中に「魚は鯛」が出ることから、この言い方が江戸時代の文化的な感覚の中で広く受け止められていたことが分かります。
さらに、天明5年(1785年)には『鯛百珍料理秘密箱』という、鯛料理を集めた料理書も刊行されました。鯛料理ばかりを扱う本が作られたことは、鯛が食材として特別に重んじられていたことをよく示しています。
「魚は鯛」と近い発想は、「腐っても鯛」にも表れています。「腐っても鯛」は、すぐれた価値のあるものは、多少悪くなってもなお値打ちを保つという意味で、やはり鯛を価値あるものの代表として用いています。
つまり「魚は鯛」は、鯛そのものをほめるだけのことわざではありません。鯛が魚の中で特に尊ばれてきたことを土台にして、人や物について「同じ種類の中で最もすぐれている」と言うときの、短く力のあるたとえとして定着した表現です。
「魚は鯛」の使い方




「魚は鯛」の例文
- 今年の書道展では、祖母の作品が魚は鯛といえるほど見事だった。
- 同じ和菓子の中でも、老舗の桜餅は魚は鯛と評される味わいだった。
- 新人選手が多い大会で、彼の走りは魚は鯛の存在感を示した。
- 数ある企画案の中で、彼女の提案は魚は鯛と呼ぶにふさわしい完成度だった。
- 町内の合唱発表では、少年合唱団の澄んだ歌声が魚は鯛のように際立っていた。
- この工房の包丁は、職人の技が細部まで行き届き、魚は鯛といえる逸品だ。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・松村明監修『デジタル大辞泉』小学館。
・横井也有『鶉衣』1787〜1823年。
・近松門左衛門『堀川波鼓』1706年ごろ。
・器土堂主人『鯛百珍料理秘密箱』1785年。























